私の幸せ
仕事を真剣に教え、褒めてくれる透のことが詩織は好きだ。しかし、この想いを伝えることは許されない。彼はこの会社の産業医の女性と付き合っているためである。

産業医の女性はモデルのように背が高く、スタイル抜群で顔立ちも芸能人のように整っている。この会社のマドンナ的存在として、男性社員からも女性社員からも羨望の眼差しを向けられているような人だ。

そんな人にポッと出の自分が敵うわけがない。しかし、わかっていても想いを止めることができないのが恋なのである。

詩織の頰に温かい雫が伝った。鼻を啜る音がフロアに響く。キーボードを打っていた手はいつの間にか止まっており、詩織が気が付けば背後に綾人が立っていた。

「……やっぱりあの人のこと好きだったんじゃねぇか」

「うるさい。あんたには関係ないでしょ」

綾人のことは一度も見ることなく、詩織はデスクの引き出しからポケットティッシュを取り出して涙を拭い、鼻を噛む。すると綾人の大きな手が、詩織の手にまるで絡み付くように触れた。
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