私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした
彼が私の前に小指を差し出してくる。
意味がわからなくてしばらく見つめていたら、促すように軽く揺らされた。
それでようやく彼がなにをしたいのか理解し、自分の小指をそれに絡める。

「俺は絶対に凛音より先に死なないし、大怪我もしない。
約束破ったときは……そのときはもう、凛音に詫びられないな」

困ったように炯さんは笑った。

「絶対に約束を破らなかったらいいだけです」

「そうだな。
約束する」

揺らされた小指が離れていき、ふたり見つめあう。
どちらからともなく、唇が重なった。

「……父さんが俺に、結婚を勧めたがった理由がわかるかもしれない」

唇が離れ、そっと炯さんの手が私の頬に触れる。

「凛音を残して先になんて逝けないからな」

眼鏡の向こうで炯さんの目が泣き出しそうに歪む。

「そうですよ、私をひとりにしないで。
約束です」

「ああ」

もう一度軽く、彼の唇が重なる。
大事な大事な、私の旦那様。
これから彼がいない日は、神様にその無事を祈ろう。
お守りも買おうかな。



翌日は通常業務をこなしつつ、ベーデガー教授依頼の文献を探す。
< 129 / 236 >

この作品をシェア

pagetop