私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした
『ありがとう。
いつも早くて助かるよ』

笑った彼の口もとから、爽やかに白い歯がこぼれる。
しかしそれが私には、胡散臭く見えていた。

『では、私はこれで』

用は済んだとばかりにそそくさと帰ろうとしたけれど。

『たまにはお茶に付き合ってよ』

もうその気なのか、教授は電気ポットをセットしている。

『あの、でも、仕事……』

『終わったんだろ?』

最後まで言い切らせず、ちょいちょいと教授が自分の肩を指す。
そこになにがあるのか考えて、今日はもう帰り支度を済ませて鞄を持っているのだと思い出した。

「その、あの」

『いつもなにかと頼んでいるお礼だよ。
これくらい、許されるだろ』

「うっ」

教授が片目をつぶってみせ、声が詰まる。
そんなふうに言われたら、断れない。

『じゃ、じゃあ……』

仕方なく、勧められるがままにソファーへ腰を下ろした。

『ちょうどいい豆が手に入ってね』

すぐにコーヒーのいい匂いが漂い出す。
教授がコーヒーを淹れているあいだに、ミドリさんへ少し遅くなると連絡を入れた。

『どうぞ』

『……ありがとう、ございます』

差し出されたカップを受け取る。

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