私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした
ふたりっきり、しかも鍵のかかる室内、それ以上の行為におよばれても不思議ではない。
もう、あの一件から彼は私の中で困った人から、警戒しなければならない加害者に代わっていた。

『僕は凛音があの男から、虐待されてないか心配なんだ』

「……ひゅっ」

強引に教授から抱き締められ、喉が変な音を立てて呼吸が止まる。

『女の子をあんなに睨みつけるとか、本当に酷いよね。

あんな人間が凛音を大事にしているとは思えないよ』
……息が、苦しい。
上手く呼吸ができない。
そのせいか頭がぼーっとして、ベーデガー教授がなにを言っているのか、よく聞き取れなかった。

『ねえ、凛音。
あんな男となんか別れて、僕のところへおいでよ。
僕なら凛音を幸せにしてあげられるよ』

私を自分のほうへ向かせ、教授が顔をのぞき込む。
涙が滲んでよく周りが見えない。
それでもただ、私を幸せにできるのは炯さんだけだと、声にならない声で反論していた。

『凛音……』

彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
押し退けたいのに、身体に力が入らない。

……キスなんて絶対、されたくない。

ただなすすべもなく、教授の顔を見つめる。
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