私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした
「俺としてはあそこ、辞めてほしいんだけど」

そこまで言われてようやく、仕事をどうするかと聞かれているのだと気づいた。

「そう、ですね……」

働きたい気持ちはある。
しかし、ベーデガー教授に会うのは怖かった。
それにまた同じようなことがあっても職場の対応があれだとすれば、不安が残る。

「……辞めよう、かな」

働き始めてあまり経たずに辞めるのは無責任だとは思うが、それよりも身の安全のほうが大事だ。

「そうしたらいい。
こっちで手続きしておくから、凛音はなにもしないでいいからな」

ほっとしたように炯さんが頷く。
そうだよね、あんな職場に私を働きに行かせるとか、安心できないよね。

「でも、荷物とかご挨拶とか」

「いつ、アイツと鉢合わせするかわからないんだぞ?
それにそんな考えの上司と話をしてこれ以上、凛音は不快な思いをしなくていい」

「……ありがとう、ございます」

甘えるように軽く、彼と唇を重ねる。

「お、俺は、当たり前のことをしているだけで……」

珍しく私からキスしてもらえたからか、炯さんは眼鏡の弦のかかる耳を真っ赤に染め、ぽりぽりと人差し指で頬を掻いた。
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