私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした
普通なら、明かりのない森の中になど入らない。

『浴衣っていうのかい?
素敵だね』

無意識に後ろへ下がろうとするが、そこはもう壁なのだ。

《凛音?
凛音!》

携帯の向こうから炯さんの声が聞こえる。
なにか言わなきゃ。
言えばきっと……!
しかし、凍りついた喉からは声が出ない。

『ああ。
その携帯はなにかとうるさいからね』

彼が私の手からするりと携帯を抜き去るのを、ただ見ていた。
見せつけるように地面へ落とし、思いっきり踵を叩き込む。

『これでもう、心配はないかな』

この場に似つかわしくないほど、彼がにっこりと笑う。
多くの人々が行き交う参道までほんの数メートルの距離なのに、まるで断絶されているかのように遠く感じた。

『さあ。
僕と一緒に行こうか』

彼が私の手を掴む。
嫌々と抵抗したけれど、離れない。

『じゃあ、仕方ない』

身体を跳ね飛ばされるような強い痛みを感じたあと、――意識が、途切れた。
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