私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした
戻ればもう、今日のような自由は二度とないのだろう。
だったら、最後に。

「……でも、まだやり残したことがあります」

コマキさんの腕を掴み、彼を見上げる。

「まだ、素敵な殿方との恋をしていません」

レンズ越しにじっと私を見下ろしている彼が、なにを考えているかなんてわからない。
それでも先を続ける。

「……抱いて、ください」

私の声は酷く小さいうえに、震えていた。
眼鏡の向こうで迷うように、彼の瞳が数度揺れた。

「俺で、いいのか」

「はい」

その顔を見るのは怖くて、彼の胸に顔をうずめる。
ポテチとぬいぐるみの落ちる音がした。



移動中の車の中、コマキさんはずっと無言だった。
私もなにも言えずに、ぎゅっとぬいぐるみを抱き締める。
彼は外資の、高級ホテルのスイートで私を押し倒した。

「本当にいいんだな」

艶やかに光る目が、私を見ている。
その瞳に、心臓がどくん、どくんと大きく鼓動した。

「はい。
私はコマキさんが好き、なので」

キスを誘うように目を閉じる。
この気持ちは偽りではない。
彼が、好きだ。
ただし、まだほのかに好意を抱いている、くらいだが。
< 21 / 236 >

この作品をシェア

pagetop