私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした
しかし、もし彼がお見合いの相手だと知っていたら、悪いことがしてみたいなんて私の望みを話さなかった自信もある。
なら知らなくてよかったのかといえば、複雑な心境だ。

「許してくれるのか」

「はい」

「よかった」

顔を上げた彼が、眼鏡の下で目尻を下げて人なつっこくにぱっと笑う。
……その顔に。
胸がとくんと甘く、鼓動した。


そのあとはこれからについて相談した。

「入籍と式はまだ先だが、とりあえず俺の家に移ってきたらいい」

「えっと……。
結婚が決まっているとはいえ、嫁入り前の娘が男性と同棲だなんて、許されるんでしょうか」

なぜか炯さんは、カップを持ち上げたまま固まっている。

「……それ、本気で言ってるのか?」

「え?」

僅かな間のあと、眼鏡の奥で何度か瞬きして彼はカップをソーサーに戻した。
私としては至極当たり前の意見だったが、なにか変だったんだろうか。

「……はぁーっ」

まるで気が抜けたかのように炯さんは大きなため息をついた。

「あんな大胆な行動ができるかと思えば、これだもんな。
まったく」

ちらりと彼の視線がこちらを向く。
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