「トリックオアトリート」ならぬ脅迫または溺愛! 〜和菓子屋の娘はハロウィンの夜に現れた龍に強引に娶られる〜
 さやかな月が夜に浮かんでいた。
 星は恐れをなしたかのように輝きを控え、満ちるには一筋分たりないだけの月が、川沿いを歩く二人を青白く煌々(こうこう)と照らす。

 二人が歩いているのは堤防を兼ねた道路だ。
 スーツの青年と幼い男の子だった。男の子は子どもらしいラフな服装だった。

 平然と歩く青年とは対照的に、男の子は落ち着きなく周囲を見回している。
 男の子はおそるおそる川を見る。
 さほど大きくはない川だった。流量は少なく、入れば足首までの深さしかない。

 だが夜ともなればその流れは黒く、せせらぎはまるで彼を飲み込もうとしているかのように響く。澄んだ冷たい風が吹くたびにススキはざわめき、彼の心をざらりと撫でた。

「ねえ、若様、帰りましょうよぅ」
 不安げな声を出す男の子に、スーツの青年はくすりと笑った。

「だから鯉池(こいけ)と一緒に待っていろと言ったのに」
 彼は少年の頭を撫でてから手を繋いだ。大きく温かな手に、少年は小さく安堵の息を漏らした。
 鯉池敦成(こいけあつなり)は青年の秘書で、一緒に出張にきている。現在はホテルでゆっくり休んでいるはずだった。

「若様だけ行かせるわけにはいきません。オレはおめつけですから!」
 鼻息も荒く少年は言う。
 だが、その手はしっかりと青年の手を握っている。

「心強いな」
 青年が笑い混じり言うと、男の子はぷうっと頬をふくらませた。

 男の子の家は先祖代々、青年の家に仕えている。だからなのか、彼もまた青年に仕えるのだと6歳にして意気込んでいる。

 男の子は気を取り直して言った。
「若様がおばばのお告げを気にするとは思いませんでした」
「気にしているわけではないのだが……妙な胸騒ぎがしてね」

 男の子がおばばと呼ぶ女性は一族の相談役とされている老齢の人物で、たびたび予言をしてそれを当ててきた。彼女の神通力の高さは折り紙つきだ。一族の長も、次代の長である青年もおばばには頭が上がらない。
 その彼女が、工場用地の視察に行く直前に彼に告げたのだ。

「このたびの視察で運命に出会うだろう」

 それ以上を言わなかったので、なにが起こるのかは予想ができない。

 さらに、この少年を連れて行くようにとおばばは言った。彼がどのように予言に関わるのか、彼女はなにも言わなかった。
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