彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
元・クールな許婚
「……頼む、匿ってくれ」
深夜のピンポン、出るべきじゃないのは分かってた。
でも、この時の私は納品期日に焦っていて、一向に鳴り止まないチャイムにイライラMAXで、痺れを切らして出てしまった。
ああ、やっぱり、相手の顔が見えないと防犯上は劣るなぁ……次に引っ越すことがあったら、セキュリティ万全のマンションに住みたい。
いつか、お金ができたら。
――一人では、もうそんな機会はないと思うけど。
・・・
「あぁぁぁぁ、うるさい!! 」
一体、どこの誰だろう。
こんな時間に、こんなボロ――いや、質素な、ううん、こぢんまりとした可愛らしいお部屋のピンポン押しまくるなんて。
営業や詐欺だって、さすがに眠る時間だ。
残るは単純に間違いの可能性だけど、これだけ無視してるんだから、いい加減諦めてほしい。
こっちは、仕事の締切に追われてるのだ。
おまけに、アクセサリーを手作りするという繊細な作業。
それをこんな大雑把な性格の人間が、残業続きの週末ナイトにやってるんだから。
どれだけ殺気立ってるのかなんて知りもしないのなら、つまり家に上げる仲ではない。
そんな人、一人もいたことないけど。
「誰よ、もう……」
ここ最近、思うような作品ができなくて、寝不足とストレスも酷い。
どうにでもなれ、なんて思ったわけじゃもちろんないけど、とにもかくにもこの迷惑な音を止めたいのが勝ってしまった。
「〜〜今何時だと思ってるんですか!? 間違ってま……っ!」
ドアを開けると同時に噛みつくように怒鳴ったのは、多少の恐怖ゆえの相手への威嚇だった――はず、なのに。
迷惑騒音男を見てポカンとしてしまった私は、間抜けな面食いなのかもしれない。
いやいやいや、顔だけの問題じゃない。
まず、大前提として、この状況がおかしいんだ。
「真百合……だな」
「……は……」
神妙な面持ちの高級そうなスーツを纏った長身のイケメンが、こんなボロ――そう、もうボロアパートでいいや――のドアを掴んで、何かを焦るように私の名前を呼ぶなんて。
(……いやいや、待って、私。寝ぼけてるんじゃなければ、ちょっとは考えよ!? )
確かに、目の前の男は格好いい。
切れ長の目で睨むように見つめられるのは少し怯えてしまいたくなるほど、ドキドキする。
うん、それは仕方ない。
でもね、何よりも、この人は他人だから。
他人がこんな深夜に訪ねてきて、ピンポン鳴らしまくって、しかも初対面のくせに名前知ってるんだから。
それって、おかしくない?
じゃなくて、おかしいしかないから。
気を確かに、私。
「まゆり? 」
「…………ど、どちら様か知りませんけど。こんな夜中に迷惑ですから。通報しますよ」
手が震えたからか、男に掴まれた状態じゃドアを閉めることすらできない。
落ち着いて、落ち着いて。
怖がってることも、つい、綺麗な顔に目が行っちゃうことも悟られないで。
「……ドア、壊れるぞ」
「……っ、本当ですよ! 壊れるんで、離してくれます!? ……っ、これ以上は大声出しますからね。へんた……っ!! 」
力いっぱいボロいドアを引いてたのがいきなりふわっと軽くなって、反動でよろけたところをそっと抱き寄せられた。
「……まったく。怖がりなくせに、威勢がいいところは変わってないな。おまけに、せっかちか」
「そんなの、初対面の人に言われたくありま……え……? 」
(……変わってない……? )
じゃあ、名前知ってるのは、単にもともと知り合いだからってこと?
でも、こんな大人のイケメンなんて、今の私の生活じゃ出逢いようがないんですけど――……。
「哉人だよ。薄情なやつだな。まあ、仕方ないけど」
「……かな……」
軽い溜息とともに吐かれたその名前には、当然心当たりがあった。
ただ、二度と会う機会はないと思ってたのと、昔のことすぎて忘れていたのと――きっと、忘れようとしていたのと。
「こんな時間に悪い。お互い仕事してるし、なかなか日中会えなくて。あと、お願いの内容も意味分からないと思うけど、言わないと始まらないから言うな」
――頼む、匿ってくれ。
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