彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
「初めてなのは私だけだからいいか、なんて。自分の都合ばっかりでごめんなさい。やっぱり、お金は返す……」
初めてじゃなかろうが、これが何人目の何回目だか覚えてるはずもなかろうが、好きでもない相手との意味のないキスなんて誰だって嫌だ。
あの場で引き剥がしてもいいのに、話を合わせてくれただけじゃなく、あれをちゃんとキスにして、抱きしめてくれた。
そう。
あのキスは、大人の優しさと憐れみ――……。
「……初めて? 」
そうだよね。
この歳でまだだったなんて、そんな怪訝そうな顔したくもなる。
ズキッとして、キュッと胸が締めつけられるのは何だろう。
キスを嫌がられたことか、それとも。
――もしかして、優しさでキスされたことの方なのかな。
「大嘘」
半眼になった、お兄ちゃんの表情の変化に驚く間もなく。
「……ったぁぁぁっ!! な、何ですか、急に! 無理やりキスされたからって、デコピンすることないじゃないですか……!! そ、そりゃあ、嫌だったでしょうけど……お金は返しますし。犬にでも噛まれたと思って、忘れてくださ……」
あまりの痛さと衝撃に、恥ずかしさが一気に襲ってきて捲し立ててしまう。
「人の話を聞けって。キスは嬉しかったって言ったろ。まあ、あれは、そんなに経験ないのかなとは思った。正直ほっとしたし、嬉しかったよ。じゃなくて、あれが初めてなんて嘘だろ」
「え……。それは……あんなの、キスに入らないかもですけど。で、でも、その……そうすると、お兄ちゃんからされた、その……キ、キスがファーストになりまして……」
そりゃ、私のあれはキスにカウントできる代物ではないけど。
お兄ちゃんからのあのキスは、キスでしかあり得ないものだったと思う。
それともあれ?
私、この歳で、キスを知ったかぶってたの?
未経験だったとはいえ、あれってキスって行為じゃなかった??
え、じゃあ、一体キスとは何ぞ――……。
「……はあ……」
「……今の、溜息を文字で読みました? はあ、って? 」
「お前のおバカな思考が読めたんだ。溜息も出なかった」
(……だったら、無理に出さなくてもいいのに)
「だから、それが違うって言ってるの。大体、まゆりは初めてなのは自分だけって言ったけど、そこからまず間違ってる。俺こそ、初めてだったのに」
「な……そんなわけ、ないじゃないですか。再会してから、ちょっといろいろ、盛大にあれですけど。それだけ格好よくて優しいお兄ちゃんが初めてなんて、それこそどういう嘘……」
今度はちゃんと深々と息を吐いて、長い人差し指が私の唇を塞いだ。
「……持ち上げといて、めちゃくちゃ落とすな。それより、人の初めて奪っていて忘れるとか、ひどすぎるだろ。いくら、お前は小さかったからって……こっちは、結構生々しく記憶に残るくらい、成長してたんだから」
(嘘でしょ……)
まだあった。
もしかして、まだまだ序の口?
――思い出したくない、恥ずかしい記憶てんこ盛りの予感。