彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
「だっこして、って言われて抱っこしようとした瞬間、唇奪ったくせに。おまけに、どこで覚えてきたんだか」
『せきにんとって! 』
「……って。自分からキスして、更には責任取らせようとした相手を忘れる? 普通」
(……なかなかにすごいな、幼女のわたし)
感心してる場合じゃない。
勝手にキスするの、実は二回目だったなんて恥ずかしいを通り越してやばすぎる。
「……謝りようがないです……」
「ん。だから、謝らなくていい」
当時のお兄ちゃんには、さぞ衝撃で最低最悪の事件だったんだろうな。
多感な時期に、妹だとも思ってない子どもにキスされた挙句、結婚を迫られるなんて。
「謝らなくていいから、まゆりが責任取って? 」
とても、その綺麗な顔をみていられずに下を向いてると、いつの間にか抱かれた腰をぐっと寄せられた。
「……わ、分かってます。あんなこと、一度ならず二度もしてるんですから。無償で逃亡のお手伝いを……」
「……お前、話がすぐ金に飛ぶよな。返せとか、一言も言ってないだろ」
「い、いいんですか……っ! も、もちろん、報酬分は必ずっっ……」
それ以上喋るなとばかりに、ぎゅっと抱きしめられた。
「じゃなくて。キスされて、何とも思わなかったわけ? 縁切りの為、金の為……だけ? 」
「……そ、それはその。だって……」
そう思わないと、胸が苦しくなるから。
苦しいだけなら、まだいい。
キュンとでもしてしまったら、どうしていいのか分からない。
だって。
「……お兄ちゃんには不快だったか、何ともなかったことなのに。私がそのふたつ以外のこと思ったら、ダメじゃないですか……」
格好よくて、ちょっと変だけど優しくて。
何より、子どもの頃大好きだった人。
そんな人にキスされてときめいてしまったら、恋愛経験値ゼロの私は、それが恋だと錯覚してしまいそう。
「嬉しかったって言ってるのに、そこいつまでスルーするんだ。俺は、お前の家賃払う為に現れたお人好しじゃないよ。あと、どんなに都合が良くても、好きじゃなきゃキスなんてしない。ましてや、子どもだと思ってたら余計にできるわけないだろ」
「……そ、それは。今後の設定の為に……じゃなきゃ、お兄ちゃんが私なんか」
「他人しか見てないのに? あの時必要に駆られてたのはまゆりだけで、俺は演技なんかしてないよ。それに、それ。ちょくちょく気になってたんだけどさ」
(演技じゃない……? キスが……? )
それだけじゃなく、頭を撫でられたのもぎゅっと抱きしめられたのも。
演技じゃなかったら、何だと言うんだろう。
こんな、わた――……。
「“私なんか”ってなに。まゆりは可愛いし、逞しくはなったけど、突拍子もなくて放っておけないところは相変わらずで、見てて面白いし。好みも相性だってあるだろうけど、十分魅力的だろ。何で、そんなこと思うの。相手にされないか心配するのは、俺の方だよ」
「……そ、れは。多少あれだけど、お兄ちゃんみたいな素敵な人が、理由もなく私みたいな……」
――何もない、何も満足にできない、満足にできなくても許される子じゃない私なんか。
「言っとくけど、お前にしかあれじゃない。普段はもっとまともで、真面目で……そうだな。もっと格好いいかもしれない」
「だから、それはつまり……」
事実を話してるだけで、本人が喜んでないのが伝わってきて「自分で言うか」とは思えなかった。
「つまり。何だか分からないけど、再会したまゆりを信用してて素を見せたくなるから。……見たうえで、婚約者でいてほしいと思ったから。それは、俺にとってまゆりが魅力的だからでしかないだろ」
そんなこと、あるわけない。
お兄ちゃんみたいな人が好きになってくれるような、魅力的な人だったら。
「俺だけじゃない。さっきの男は、たまたまおかしかっただけで、他にもそう思う奴はいるよ。……あげないけど」
――きっと、こんなじゃなかった。
「同情だって思ってるな。じゃあ、もう一回。……と、二回しちゃった」
確かに、二回。
でも、額、頬と順に触れた唇がすぐに離れて、思わずから笑いしてしまう。
「三回唇にしただけで、もう慣れた? ……でも、俺はこっちの方が緊張した」
「え? 」
唇へのキスより、大したことないって。
やっぱり、優しさだって。そう思ったのに。
「演技でも、誰かに見せる為でもない。……俺がしたかったから、した。嫌がらないでくれたのかなって、ほっとしてるよ。……まゆりだから、な」
子どもの頃より子どもっぽいキスが意味を持つのは、大事だからだよって。
私に「なんか」を言わせてくれない。