彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
そう言われてやっと、額や頬が熱を帯び始め。
反応が遅れたくせに、一気にかあっと熱くなった。
「な……なんで、お兄ちゃんがそんな……。お兄ちゃんは、お見合いを諦めさせる為に私に……」
「そうだよ。最終手段でもあったから、今になったし。合わなそうだったら、そのまま帰るつもりだった。普通、こんな話断るに決まってるからな。でも、まゆりの反応が面白くて、続行することにした」
そんなに、お兄ちゃんの周りって酷かったんだろうか。
ううん、スペックを見て言い寄ってこられる経験が多すぎて、私みたいなのは新鮮だったのかも。
私も、似たようなことを言ってると言われても、仕方ないのに。
「めちゃくちゃだけど、可愛い。そういうところは変わってない。もちろん、大人になったけど……“なんか”なんて卑下するところ、ひとつもない」
「……で、でも。やっぱり、今の私じゃお家の人も相手も納得しないんじゃ……わ、私は」
そうだよ。
確かに、あの頃はお互いの家が認めた許婚だったかもしれない。
ただの口約束どころか、冗談の部分が大きいとしても、確かにそんな話があったことは事実だ。
でも、それは「あの頃の、あの家にいた私」。
こんな――……。
「今まで、そんな経験ちっともないし。仕事だって、全然できなくて怒られてばっかりだし。何もできなくて、本当に価値なんて……」
守られていたものから飛び出してしまえば、丸裸になった私は、何の価値も……。
「……そうかもな」
――ないの。
「会社にとっては、そうなのかもな。本当にまったくできなくて、ずっとそうなら。そう思われることもあるのかもしれない。でも、それって会社での評価だろ。まゆり自身の価値の話じゃない。そうだろ」
「……でも」
「要らない」って暗に言われるのは、価値がないってことじゃないのかな。
ううん、もちろん、仕事の出来に家は関係ないけど。
家を出てから、勉強したり経験を積んでも不出来なのは、私の責任でしかない。
だからこそ、何も持ってない私は、如何に誰の何にも必要とされない存在だって言われてるんだと思ってた。
「でも、じゃない。少なくとも、俺にとってのまゆりは俺が決める。……会えてよかったよ」
そんなこと、初めて言われた。
当時の友達とは疎遠になってしまって――思えば、私は我が強かった。
お嬢様だから大目に見てくれていて、そうじゃなくなればその必要もなかっただけ。
皆が離れて以降は、当時を知らない人たちとも何となく付き合うのが怖くなって。
「あ。もちろん、ただで家賃払ってるわけじゃないからな? 今度、俺に似たようなことがあったら、ちゃんと助けて」
「も、もちろんです。そ、その……私は、あんな大人にキ、キスとかできませんけど。できる限り、バレないように合わせますから」
そこからは悪循環。
誰とも、必要以上に近づけなくなってしまった。
このままじゃダメだと、勇気を出して出会った相手があれだし。
「ん。いいこ。でも、それだけじゃない。再会できた許婚が、今のまゆりでよかったって思ってる。……まゆりだから、キスしてた」
「なんか」じゃなく、「だから」。
ハグよりもキスよりも、それが一番初体験みたいに感じて。
「……と、りあえず。家賃分でいいですか……」
涙が止まらなくて、そんなことしか言えない私に笑って。
「とりあえずはな。いいよ。お望みなら、もう少し、にーにでいてあげる。でも、ま」
――その方が、危険かもしれないけど?
「よちよち。あ、こら。暴れないの」
「よっ……とか、言うからですよ!! 」
痛くはないけど、結構がっちりとホールドされながら強制よちよち撫で撫でされ、必死に抵抗する。
(……でも、まあ)
――今日はいいや。
にーにでも、お兄ちゃんでもない哉人さんにキスされたんだと思うと、まだどうしていいか分からないから。