彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
「まゆりー」
(あと5分……と言わず、やっぱり10分……)
泣き疲れた瞼が腫れぼったい。
そろそろ、いい加減アクセサリーの作成を本気でやらないといけないのに、昨日も寝てしまった。
おまけに、眠るまでお兄ちゃん――「にーにがいてあげる」と言って聞いてくれず、昔みたいに抱っこされたまま眠りに就いた。
いや、もちろん、あの頃みたいにお兄ちゃんの胸で泣きながら眠るなんてことが、できるはずもなく。
疲れて眠気が訪れてからも、うとうとしかできなかったから、余計に眠たい。
「まゆりって。まったく……評価気にする前に、勤怠改めた方がいいだろ」
ごもっとも。
でも、眠いのと照れくさいので、布団から抜け出せない。
あんなふうに、本当に子どもみたいに胸に泣き顔を預けるなんて。
ただひたすら恥ずかしかったのは、それがもう「よちよち」じゃなかったから。
撫で方が優しすぎて、でも、記憶の片隅にある不器用さや戸惑いはもう感じられなくて――私の経験にはない、恋人の手つきだとしか思えなかった。
「昨日の今日で懲りないなら……」
ちょっと意地悪な声がしたけど、眠気には逆らえない。
だって、昨日の朝は髪をわしゃわしゃされてただけだ。
少し痛かったくらいで、このふわふわとした微睡みから連れ出すほどの衝撃はもう――……。
「……これはどう? 」
「〜〜っ、な、な……」
――ないと思ったのを、見透かされた。
ミシッという、ベッドから身体に伝わる僅かな振動を何だろうと思う暇もなく、気づいたらお兄ちゃんの顔が真上にあった。
「ちょっ……な、何してしてるんですか……! 」
「ん? 押し倒して、閉じ込めてる」
「〜〜状況説明してほしいわけじゃないですっ……!! 」
顔の下半分まで布団を被ってたせいで、包まってた布団ごと床ドンされてしまえば、逃げ出すことができない。
「起きたくないんだろ? いいよ、俺も一緒に遅刻してあげる。ただし、遠くから寝顔見るだけなのもつまらないし、こういうことしたくなっちゃうかもしれないけど」
「お……起きます! 起きますから、どいて……っ」
「そう? 送ってあげるし、あと5分くらいいちゃいちゃしててもいいかと思ったのに」
ファーストキスを済ませたばかりの身じゃ、朝から刺激が強すぎる。
おまけに、冗談だとはわかってても、真上でせっかく締めたネクタイを緩ませる仕草をされたら。
(5分もこの体勢とか、無理無理無理〜〜っ!! )
「ち、遅刻しますから! ごめんなさい、ちゃんと起きる……っ」
「問題。今、まゆりは何で身動き取れないんでしょう」
(近っ……近いー!! というか、垂直にいきなり問題出すって、なに……!! )
意味が分からない。
いや、それはもう、最初からずっと意味不明だ。
でも、これだけは分かる。
恐らく、正解を出すまで上から退いてくれない。
「……っ、それは……」
「なに? 聞こえない」
大きな声でお返事、とでも言わんばかりに、いっそう顔が近づいてくる。
「……ずっと起こしてくれてるのに、私が布団に包まったままだったからですー! ごめんなさいごめ……っ」
「正解」
耳元で囁かれて、ピクッとしたのが嘘みたいに。
あっけなく気配が引いて、茫然とする。
「せめて、そんなにがっちり布団被ってなかったら、もっと簡単に脱出できたかもよ。……でも、ごめん」
ぽん、と頭に手を置くと、キッチンの方へと行ってしまった。
「ほら。朝ごはん冷めるぞ。どうせすぐは起きて来ないと思って準備したから、今いい感じに温かいはず」
「……すみません……」
朝ごはん作らせたうえに、そんな計算まで。
それに……。
(なんで、あんな意地悪……それに)
――なんで、謝ったのかな。
なんだかモヤモヤして、同時にまだドキドキする胸を押さえたら、いつの間にか眠気なんて吹っ飛んでた。