彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
「まさか、本当に相手がいるとは。まさかまさか、相手がまゆりちゃんだったとはねぇ」
「最初から、何度もそう言ってる」
自分の服を着込んでリビングに行くと、親子はまだその話をしていた。
「それにしても、急ぎすぎよ。女の子を、自分の都合のいいように流すなんて最低」
「……それは、言い訳できない。そのとおりだよ」
(……あ……)
確かに、流されたと言えばそう。
でも、もちろん意味が全然違うし、私は私の事情があって流されることに同意した。
ううん、私だって、私の都合にお兄ちゃんを巻き込んでるどころか、世話を焼かせてる。
それをおばさんが知りようがないし、それどころか隠す為にやってるんだけど。
「……私の意思、なので。お兄ちゃんは悪くないです」
「まゆりちゃん」
どこに座ろうか一瞬悩んでたのもお兄ちゃんはお見通しで、目で「おいで」って言ってくれた。
「でもねぇ。再会したのって、つい最近でしょう? それをこんな、家に連れ込んだりして。結婚から逃れる為に、慌てて既成事実作るような真似するなんて」
「……私も、最初はびっくりしましたけど……。でも、やっぱりお兄ちゃんだなって。もちろん、変わったところもあると思うけど、それは私の方がずっとそうで。お兄ちゃん……哉人さんは、やっぱり私の好きな人のままだったから」
『……お顔?? 』
私が好きだった、あの表情。
何かを上手くごまかせなくて、ううん、ごまかしたりしないからこそ言えなくて、ただくしゃっと笑うあの顔。
(大好きだった。それは、今も変わってなかった)
変化しすぎてしまって、何も残ってない私を「まゆりだから」と言ってくれる優しさも。
だから、協力したいと思う。
家賃のことはあるけど、返してもいいって思ったのはあの男のことで迷惑をかけたからというだけじゃない。
こんなに何もできない私でもいいのなら、それがお兄ちゃんの為になるなら、できることはしたいって。
「……そ、その。大好きじゃなきゃ、流されたりしません。どっちかというと、私の方がお兄ちゃん……」
――を、巻き込んで……。
「まゆりちゃんから……? ダメよ、可愛い女の子が、狼を誘ったりしたら。そりゃあ、大好きだったまゆりちゃんが大人の女性になった頃に再会したら、いくら仏頂面で無下に断ってばかりの哉人でも、欲望を抑えきれずに寝室に連れ込……」
「当のまゆりに、昨夜の説明を捏造しないで」
(私から誘う……? 欲望……?? )
「……違うよ。お前じゃない。俺が我慢できなかっただけ。まゆりが深く考えることないから」
盛大に勘違いされてるのに、否定できなくて真っ赤になる私を抱き寄せて、お兄ちゃんがフォローしてくれた。
「本当にそうよ。哉人のせい。でも、こうなったら、ちゃんとしなくちゃ。他の誰でもない、まゆりちゃんなんだもの」
「もちろん。でも、まゆりの気持ちもあるだろ。仕事も、やりたいこともあるだろうし」
とはいえ、それはそれで恥ずかしくて、立ち尽くすしかできない。
「まゆりちゃんが一番だけど、お付き合いのある方の大事なお嬢さんでしょう。仮にも、許婚だったわけだし。それに」
棒立ちの私に苦笑して、頭を撫でていたお兄ちゃんの手が止まる。
「もう、先方も動き出しちゃったのよね。私たちが取り下げたからって、あちらが納得するかしら」