彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜






・・・



(紅茶、美味しい)


おばさんが帰ってから、お兄ちゃんが「お疲れさま」とお茶を淹れてくれた。
申し訳ないやら、有り難いやら、そんなの初めてじゃないのに一口飲んでそう思ったのは、ある種の現実逃避に違いなかった。


「何だよ」


紅茶に集中してたつもりなのに、苦笑いするお兄ちゃんと目が合った。


「……どうするんですか? 」


あの後、お兄ちゃんに「とにかく、筋だけは通しなさい。まゆりちゃんとのことを、適当にうやむやにするのだけは許さないから」と凄んでから、おばさんは帰ってしまった。
もう何年もご無沙汰してたのに、今でも大事に思っていてくれたのは感謝しかないけど。


「どうもしないよ。俺には、まゆりがいるから」

「……でも……」


つまり、おばさんはそれ以上「先方」については話してくれなかった。
「止められない」状況は、変わらないということなんだろう。


「破談の連絡はするだろうし、対応してもらうさ。勝手に話進めた方が悪いんだし」


珍しく甘い言葉をスルーした私に笑って立ち上がると、まだ残ってたお茶を取り上げてしまう。


「疲れただろ。お茶飲んでたら、甘いの欲しくならない? でも、ただじゃあげない。……おいで」


誘導されるまま、特に疑問も持たずソファへと移動したのに。
お兄ちゃんは、律儀にクッキーやらチョコやらテーブルに並べてくれた。


「もっといいご褒美にしとけばよかったな。今日のまゆりは、女優だったもん。最初、いい方法思いついたとばかりに、布団に潜り込まれた時はどうしようかと思ったけど」

「……最良だと思ったのに」


お兄ちゃんがお菓子に手をつける気配はない。
私からの見返りはあまりに小さすぎるのに、こんな高級そうなお菓子まで準備してくれて。


「さすがに、顔も見ずに納得して帰るような親じゃないな。それに、最良はその後。本当に、いきなり恋人になっちゃった幼なじみの顔してた。……上手だったよ」


ソファに座り直したのは、どうしてだろう。
褒めてくれながら、今日に限っていいこいいこしないのはどうしてなのかな。


「……好きな人のまま、か。俺のことなんか忘れてたくせに、調子いいやつ」

「そ、それは! ……その」


あれは、台詞じゃない。
何か言わなきゃと思ったのはあるけど、思ってもいないことが言えるほど、女優でも大人ですらもないかもしれない。
なのに、そう言えなかったせいで。


「……可愛すぎた。にーに、お前の家賃払ってなかったら、かなりヤバかったかも」


――優しく、私の為に「演技」にされてしまった。


(……だって……)


違う、お兄ちゃんのせいじゃない。
私のせいだ。
お兄ちゃんが、自分を「なんか」って言ったのが悲しくて、私が言わせたことが申し訳なくて。
きっと無意識だったのに、それを知らせたくなかった。


「だから。その相手が現れたとしても、まゆりの可愛いさで納得するって。大丈夫だよ」


ソファで抱き寄せられるのかな、とか。
また、だっこされちゃうのかな、とか。

そんな妄想をした私は、何を思い上がっていたんだろう。
お兄ちゃんが「まゆりだから」望んでくれたのは、その必要に駆られたからで。
そう言ってくれたのは、優しいからで。
妄想と違って恥ずかしくて、目が潤んだ私の頭を自分の肩に引き寄せ、こつんとしたのは。


「そんな顔するな。まゆりがいてくれて、本当に助かってるんだから。おかげで、結婚前に恋愛気分味わえてるし。……ごめん。もう少し、付き合って」

「……うん……」


――大人の余裕と、年下の幼なじみに対する愛情。




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