彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
(私……私は)
自分から問い質したくせに、同じ質問をされて即答できなかった。
「それなりに、好き? そうじゃなきゃ、やれないわよね」
「……っ、そんなんじゃ……!! 」
そうかもしれない。
大人で、合意があるなら。
そこに「この人じゃなきゃ」みたいな想いも、運命みたな理想も必要ないのかもしれない。
きっと、ある意味それが現実で、依子さんは間違ってはいないんだと思う。
「お兄ちゃんは……! “それなりに好き”くらいで私に触れたりしません」
「へぇ。意外と自信があるのね」
でも、黙ってなんかいられなかった。
それは残念ながら、私が依子さんに言い返せるほどの自信に満ち溢れているんじゃなくて。
「……お兄ちゃんは、私にそんなことしない。そんな人じゃない。その自信なら、あります。……依子さんは、そう思えないんですか? 」
私に、お兄ちゃんが私を「それなりに好き」な自信はない。
ただ、お兄ちゃん――哉人さんは、私にそんなことができる男性じゃないことは確信してる。
「……あーあ。何だか分からないけど、ものすごいハードル上がった気がする」
「……お兄ちゃん」
苦笑して、私の頭を撫でかけ――ふと思い直したように、ゆっくりと指を私の髪に通していく。
「……じゃ、ないだろ。婚約者……彼女なんだから」
今のこの場では、「いいこいいこ」が相応しくないって言うみたいに、その髪の梳き方は「お兄ちゃん」でも「にーに」でもあり得なかった。
頭を撫でて、髪を梳いて。
同じ動作なのに、恋愛関係じゃなきゃ成り立たない指の掠め方。
「……哉人さん」
「うん。……ありがとな」
お兄ちゃんの顔が傾いてきて、思わず目を閉じて――ちょっと待っても想像した感触が落ちてこなくて、恐る恐る目を開けると。
「……大好きだよ。“お兄ちゃん”って呼ばれるたびに、余計おかしくなりそうなのに……どうにか、理性戻せるくらい」
ああ、眼鏡があったんだって。
まるで今思い出したみたいに、落ちかけた私の眼鏡を持ち上げて、笑って耳に掛け直してくれた。
きっと、眼鏡を言い訳に、最初からキスするつもりなんてなかったんだろうな。
そんな当たり前のことをわざわざ思うなんて、私、今――……。
(がっかりした……? )
「そんな泣きそうにならないで。……昨日は抑えられなかったくせにって、言っていいとこなんだから」
「……哉人さんこそ、子ども扱いしないでください。私だって大人で、私の意思だって言ったじゃないですか」
また、演技が上手かったって褒めてくれるかな。
褒めてもらえて嬉しいとか、ちょっと癪だとか、そんな気持ちはほとんどなくて。
寧ろ他人事みたいに見えたのは、私が大して演技していないからに他ならない。
「そうだな。お兄ちゃん癖が抜けないのは、俺の方か」
「にーに」はアレだけど、何にせよ哉人さんがお兄ちゃんでいてくれてるのは私の為だって分かってる。
(……もし……)
私が、一歩踏み出したら。
お兄ちゃんも、にーにも、何か変わったりするのかな。
少し怖いけど、これだけははっきりしてる。
「哉人さんが選んだのが私なら……」
――絶対、離れてなんかやるもんか。
少なくとも、この契約が更新されるうちは。