彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜










「えっ、哉人くん? 」


「紹介したい人がいるから、帰るね」とだけ伝えてたけど、現れたお兄ちゃんを見てもお母さんは然程驚いた様子はなかった。
少なくとも、その「びっくりした」って声ほどは。


「ご無沙汰してます」


苦笑したのは、それに気づいたからだろうか。
それとも、私がムッとしたのを我慢することができなかったからか。
何にしても、お兄ちゃんは私の頭にぽんと手を置いた。



「どんな人が来るんだろうって、正直不安だったけど。哉人くんなら、何も言うことないどころか光栄よ。上がって、上がって」


娘の選んだ人に、そっちが何を言うことがあるんだろう。
呆れて立ち尽くしている私の手を、隣でそっと繋いでくれた。


(……大丈夫。そんなの想定内に加えて、お兄ちゃんがいる)


少なくとも、相手がお兄ちゃんで小躍りしているようだから、そこは放っておけばいい。
別に、許しを貰いに来たんじゃない。
これは、単なる報告なんだから。




・・・





「それにしても、哉人くんを連れてきたってことは。やっと、その気になってくれたのね」


リビングに通されて、待ち構えていたお父さん含め、終始ご機嫌で話をしていたお母さんが両手をパンと叩いて言った。


「その気? 」

「そうよ。やりたいことがある! って飛び出して行ったけど。結婚準備まで、こっちで過ごすでしょ? あ、それとも、哉人くんと離れがたい? そうね、哉人くんなら安心だし……」

「……ちょっと待って。私、家に戻るとか、夢を諦めるなんて……」


一言も言ってないのに。


「でも、続ける意味ある? 今の会社だって、生活資金の為だけで入ったんでしょう。オモチャを作りたいからって、わりと融通利くってだけで選んだりするから、あんな生活。まゆりだって、本当はもう懲りたでしょう? 」

「そうだぞ。あんなガラクタ……趣味としてはいいかもしれないけど、それでやってこうなんて無理だって、本当は分かってるんだろう」

「お父さん、言い過ぎよ」


(……出て行った時と同じだ。何も変わってない)


どれだけ年数が経とうと、話し合ったわけでもなければ理解を得ようとしたわけでもないから、当たり前といえば当たり前かもしれない。


「……あの」

「……私にとっては、オモチャでもガラクタでもない。少ないかもしれないけど、気に入ってくれる人もいるの。だから、辞めない」


ここで、お兄ちゃんに庇ってもらうわけにはいかなかった。
でも、明らかに眉を寄せて言い返そうとしてくれたのは、恥ずかしいや情けないを少し上回るくらい嬉しくて心強い。


「……そうだね。お兄ちゃんといる。もう少しだけ……お世話になってもいいですか」

「……なに、意味分からないこと言ってるの。俺は、まゆりと結婚する為に来たんだよ。もう少し、なんておかしいだろ。……ずっと、じゃなきゃ困る」


ほっぺた、赤くなれ。

血の気が引いていた頬に熱を戻すように、そっと、でもどこか色っぽい触れ方。
ただ撫でるだけなのに、お兄ちゃんの手は私にちゃんと体温をくれた。


「昔のまゆりは、めちゃくちゃで可愛かったけど。俺は、再会したまゆりを好きになったんだから」


大丈夫、って呪文みたい。
ううん、口には出さないけど、その念じるような視線も。
両親の前での告白や挨拶というよりも、ただ私にひたすら愛情と安心を注いでくれるお兄ちゃん――哉人さんの優しさがあたたかった。




< 28 / 74 >

この作品をシェア

pagetop