彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
あの依子さんが、何も答えずに唇を噛んでいる。
「親同士の話なんて、何も今回が初めてじゃない。これまでも何度も上がってきたのに、真面目に断ってたのは依子さんの方ですよ」
「その言い方は狡いわ。哉人くんは、相手にしないで放置してただけじゃない」
その後のことはすぐさま笑い流したのを見ると、恋人の話は本当なんだ。
「ええ。あの頃は特に……どうでも、誰でもいいと思っていた。そんな時、見かけたんです。恋人といる依子さんのこと。だから、自然に流れると思って、確かに放置してました。急にあなたが方向転換してきても、どんな事情があったか知らないけど、俺から言うべきじゃないって」
いくら私でも、依子さんを見れば分かる。
何かの事情があって、依子さんはお兄ちゃんと結婚することを選んだ。
もちろん納得はできないし、だからって譲るなんてできない。
でも、恋人を想ってそういう結論に至ってもなお、悩んで苦しんでることは伝わる。
「お兄ちゃん……」
だから、それ以上は聞かなくても――……。
「でも、まゆりに危害が及ぶなら別です。どんなにひどいことでも言うし、傷つけると分かっていても、やらなければならないことはやる。……俺の為に」
思わずぎゅっとお兄ちゃんの腕を掴んでも、首を振るだけで止まってはくれなかった。
そして、それを喜んでしまう私も確実にいて――それに飲み込まれてしまいたくなくて、必死に首を振り続ける。
「大変だとは思う。でも、あなたの恋愛事情は俺には関係ない。利用されるつもりは、もうありません。まして、都合のいいようにまゆりを利用させたりはしない」
――結ばれたいと思う人ができたから。
「まゆり。おいで」
「……う、うん。でも……」
いつになく厳しい、お兄ちゃんの口調。
それはきっと、私の為でも依子さんの為でもあって、お兄ちゃん自身の感情だけが表れたんじゃない。
「いいから」
手を引っ張られても、顔は依子さんの方を向いたままの私を催促してきたけど。
(……このままは良くない。ううん、私が嫌だ)
「……っ、依子さん……! 」
お兄ちゃんが眉を寄せても関係ない。
依子さんは私を利用しようとしていたのかもしれないけど、でも本当にそうならそんな相手を庇ってくれる必要はなかった。
「また今度……! ゆっくり聞きますから! 」
だって、私たちはライバルですらなかったんだから。
それなら、何かできることがあるかもしれない。
(依子さんは、私の助けなんて求めてないかもしれないけど)
案の定、「頼んでないわよ」そう軽く言われてしまったけど、申し訳ないけどそれも関係なかった。
(確かに、関係ない。依子さんに事情があるにしろないにしろ、それが何でも私はお兄ちゃんが好き)
でも、このままにしておけない。
勝手なのは重々承知だし、都合いいけど。
それでも、モヤモヤを残したハッピーエンドより、すっきりみんなハッピーの方がいいに決まってる。
できることは、みんなやってみたいの。
(初めてかもしれない)
私にも、何かできることがあるかも――なんて。