彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜





門を開けてもらえなかったことは、好都合かもしれない。
強気に出ることに慣れていない私は、ちょっと歩くだけでふらふらだった。


(少し休憩していこう……)


とにかく、これで依子さんはお兄ちゃんと結婚しろとは言われないはず。
でも、その後はどうなるんだろう。
お兄ちゃんに匹敵するくらいの人って――依子さんのご両親にとって――どれだけいるのかな。
その中で、依子さんの気持ちを理解してくれる人はどれくらいいるんだろう。


(……でも……)


「待ちなさい……! 」


その先の言葉を必死に消滅させようとした時、呼び止められた。


「依子さん……いたんですね」

「仕事の都合で、時々帰るのよ。それより、やってくれたわね。頼んでもないことを、盛大に」

「……ですね。頼まれてもないのに、勝手に」


怒ってるだろうな。
当たり前だよね。
依子さんにとっては、お兄ちゃんが最適な相手だったのに。
他に恋人がいることを理解していて、口出ししない相手。
なのに。

――嫌だったのは、私の勝手な都合。


「ごめ……」

「……ぷっ」


(え……)


「あなたの家族計画を聞いた哉人くんの顔、想像したら……」

「……へ? 」


間抜けにぽかんとしたのは、大それたことをしたのを思い出したからでも、断じてお兄ちゃんのそんな顔を想像したからでもない。
今まで見た依子さんらしくなく、なのに今までで一番自然な笑顔に釘付けになったから。


「はー、笑いすぎてお腹痛い。さすがに今日はもう戻る勇気ないし、ちょっと付き合って」

「え……? 」


それに、力の抜けきった私の手を引っ張る依子さんは。


「どこでもいいわよ。今度は、あなたの好みに合わせる」


口を大きく開けて、大声で笑って。
そういえばノーメイクみたいで、眼鏡をしてて、服装もカジュアルだ。


「お……お口に合う店、知らないと思いますけど……我慢してください」

「どこでもいいってば。というか、何を勘違いしてるのか知らないけど。めちゃくちゃなところは負けるけど、他はまゆりちゃんともそう変わらないわよ」


(……絶対嘘だ)


間違いなく、嘘。
でも、そう言ってくれたのが嬉しい。


「めちゃくちゃって……これ、依子さんが私にやったこととほぼ同じですよ」

「失礼ね。私はいきなり押しかけて、子づくりの話なんかしないわよ。丁重に状況を説明しただけ」


(まだ笑ってるし。……ま、いっか)


だって、少し見上げた先にいる依子さんは、すごく綺麗だ。
そんなふうに笑ってくれるなら、やっぱり決行してよかった。


(……大丈夫。上手くいく)


私とお兄ちゃん――哉人さんの、その……計画はともかく。
依子さんと恋人のことは、ここまできたら上手くいくべきだ。
どっちにしても、うちも依子さんのご家族もカンカンなわけだし。
どうせ怒ってるなら、自分たちの恋愛くらい好きに実らせた方がいい。

好きな人と一緒にいたい。
シンプルだけど、けしてすべての人が叶えられるものじゃない。
そんな世界で、せっかくお互い想える相手に出逢えたんだもの。







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