彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
相変わらず、仕事は嫌いだ。
朝は行きたくないし、一刻も早く帰りたい。
電話は取りたくないのに、事務作業が効率よくできるわけでもない。
それでも、ほんの少しだけ上手くやれるようになった。
「何かいいことでもあったの? 」
そんな嫌味にも、笑顔しか返さない。
答えれば広まるし、その先は見えてるから。
仕事に対する意識に僅かながら変化があったのは、
(……やっぱり、お金は返そう)
そう決めたからだ。
光熱費から食費、その他もろもろお世話になっている。
これだけやりたいようにやらせてもらってるのに、今更だけどそれはあんまりだ。
それに、何より。
(もう、契約なんかじゃなくなっちゃったから)
まだ呼び方は慣れないけど、哉人さんはお兄さんじゃない。
後には引けないくらい、好きになった。
私はもう大人で、自立する為に家を出て――失敗してばかりだった。
切羽詰まってあり得ない話に飛びついたけど、やっぱり好きな人に何もかも払ってもらうのは嫌だ――本当に今更だけど。
(あ……! レビュー貰えてる)
この前発送したアクセサリーに、評価がついていた。
休憩時間、のんびりスマホを弄っていた指が緊張して固まる。
確か、新規のお客様だった。
やり取りはスムーズで、ヒアリングも丁寧にできたと思う。
今の私にできる限り、要望に応えられた商品になったはず――……。
『☆1 想像していたものと違いました。』
(……そっか)
こういうことはこれまでにもあって、きっとこれからもなくならない。
何かを作ってそれを売れば、売れるだけ否定的な意見を貰う可能性は増えていく。
いろんなスキルが未熟なのも知ってる。
上達するには作らなきゃいけない。
対応能力は、場数を踏むしかない。
全部、分かってはいるけど。
(……そう、か)
落ち込むのは仕方ない。
会社で泣きたくなるのも、ここで確認したからだ。
もしも依頼がきていたら、極力早く返信したいし。
「……頑張ろ」
悲しいのは、作るのが好きだから。
一生懸命やっているから。
生活費を稼ぐ為に働いているのは、必要だからだ。
どっちも辞められないなら、気持ちを切り換えるしかない。
・・・
「お帰り。遅かったな」
お兄ちゃんの方が早いのは珍しい。
こんな日に限って仕事が忙しくて、悩む暇がなかったのはよかった。
「入社した時は、残業少なめのつもりだったんだろ? この前も遅くまでやってたみたいだし。無理するなよ」
「……うん」
でも、くたくた。
今日は、作業しないで早めに寝よう。
「ごはん作っといた。いっぱい食べて、寝な? 」
(なんて、できた彼氏……)
自分だって仕事忙しいのに。
ううん、実際は私の何倍も忙しいし、責任ある仕事のはずだ。
それなのに、家事全般ほぼ一人でやって、私の心配までしてくれるとは。
「……ごめんね」
これじゃ、本当にタダ飯食らいだ。
ここに来てずっとそうだったのに、実際に付き合ってみて辛くなるなんて。
(弱ってるから余計だ。元気だして、頑張らなきゃ)
「……あのさ、まゆり」
「はい?」
へこんでる理由は言いたくないし、決意したのももう少し後でもいいか――……そう思ってしまったからか。
「もしよかったら……少しだけ、現実的に考えてみないか? ……俺とのこと、単なる同居じゃなくて。どう、かな」
(……それって……)
嬉しいに決まってるのに、突然考えていたことと間逆のことを言われて、一歩も動けなくなった。