彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
「あぁぁぁ、もう……! 」
次の休日。
溜息を吐くのも飽きて、無理やり大声を上げた。
この前のレビューの件もあったし、お兄ちゃんとの考え方の相違もあり。
案の定、作業なんてまったく進まない。
いつものことだけど、いつも以上に。
(……こんな私と、どうして結婚したいんだろ)
掃除洗濯は済ませた。
お兄ちゃんよりは雑だと思うけど、できるだけ丁寧にやったつもり。
料理は……まだ、お兄ちゃんに食べてもらえるような腕前ではない。
どれくらいかと言うと、自分でも食べたくないくらい。
そんな私と早く結婚したいなんて、ものすごい愛情――ううん、義務感だったりしないかな。
(……出掛けよう)
今度、デートできたら。
その時は、私がガイドしたいし。
お兄ちゃんが喜ぶようなもので、少しはお返ししたい。
それもきっと、お兄ちゃんは何でも喜んでくれて。
私の為に「ありがとう」って笑ってくれるんだろうな。
お兄ちゃんはああ言ったけど、私こそお兄ちゃんが好きなことをもっと知りたいのに。
そういえば私、お兄ちゃん――哉人さんのことを何も知らない。
好きな映画も、音楽も。
一緒にいる時はいつも、私に合わせてくれてたんだ。
もし、率直に尋ねたら、教えてくれるかな。
『まゆり、こういうの好き? 』
そう逆に聞いて、笑って私の好みを優先してくれるんだろう。
・・・
閑静なというよりは、セレブ感のある町並みから離れ、繁華街に出る。
服も化粧品も、カフェもたくさんあるのに、どれもピンとこなかった。
どこに行っても同じだ。
気分なんか晴れるわけがない。
だって、お兄ちゃんがいないんだもん。
「まゆりちゃん? 」
気も漫ろで、聞き覚えのある声だったのに呼ばれるままに振り向いてしまった。
「今日は彼氏いないの。一人? 」
「……関係ないでしょ」
例の、自称彼氏。
出くわしてから、今一番会いたくなかったと気がついた。
彼の顔を見たって、私はお兄ちゃんとのキスを思い出してしまう。
「あいつと上手くいかなかった? 仕方ないよ。だってさ、あの男どう見たって俺たちとは違うもん。何から何まで合うわけがないよ」
――住む世界が違うんだから。
「そりゃ分かるよ。車もスーツも時計も。嫌味じゃありませんって顔して、オールハイブランドだろ。どう口説かれたのかだって、何となく想像つく。でも、やめといた方がいいよ。価値観違いすぎて、傷つくのはまゆりちゃんなんだから」
(……セカイ……)
世界が一緒じゃないと、側にいられないのかな。
踏み入ることすら、許されないのかな。
そこから転落した私は、哉人さんといる価値がないんだろうか。
「……ね。だから、まゆりちゃん……」
守られた雲の上から、ダイブしたのは私自身だ。
勇気を出したつもりだったけど、自らドロップアウトしただけだったのかも。
お兄ちゃんは本当に私を大切にしてくれるけど、捨て猫を拾って育ててくれるご主人様みたいな、どこか超越した存在でしかないのかな。
同じステータスを持っていないと、対等な恋愛なんてできない――……。
(……泣くな)
「……まゆりちゃん? 」
視界が真っ暗になりそうで、ぐっと掌に爪を立てた時。
「依子さん」
女王様――ううん、女神様が私の思考を殴るように現れてくれた。