彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
「……敵襲の気配がある。まゆりも備えといて」
「……………は!? 」
・・・
神妙な顔でそう告げられたのが、今朝のことだった。
『そんな大袈裟な……だから、お母さんですよね? しかも、今回はもう演技も必要ないんだし』
『そうだけど、嫌な予感がする。しかも今回は、敵の狙いは、まゆり。たぶんお前だ』
芝居がかった口調とは裏腹に、表情は硬い。
『私ですか? でも、本当に、今回は何も嘘吐くことないですし。そりゃ、粗相がないかは心配ですけど』
『そうじゃないよ。うちはお前のこと気に入ってるし。そうじゃないけど、どうも俺の不在を狙ってきそうで嫌なんだ。もし、俺がいない時に訪ねてきたら、追い返していいから』
お兄ちゃんはそう言ったけど。
(……そんなことできるわけないじゃないですか……!! )
一体、どんだけ勘がいいんだろう。
本当にお兄ちゃんの不在を狙ったように、おばさんが訪ねてきた。
「すみません。哉人さんは、まだ仕事みたいで」
「いいのよ。いきなり、ごめんなさいね。寧ろ、邪魔なのがいなくていいわ。まゆりちゃんの意見をちゃんと聞けるし」
(……あ、本当に嫌な予感が……)
できるだけ丁寧に、どうにかこうにか美味しくなれと念じながら淹れたお茶を、作法はどうだったっけとビクビクしながらテーブルに置いた。
でも、おばさんはそんなことには構わずに、ゴソゴソと品のある高級そうな鞄を無造作に荒らした。
「まゆりちゃんの好み教えてほしいのよー! 哉人に言ってもはぐらかされたり、気が早いってあしらわれたりで。ね、見てみて」
で、出てきたのが。
(ウェディング雑誌……!! )
「……え……えぇと、こういうのは哉人さんも一緒に決め方がいいかと」
相場なんて知らないけど、よく見かける雑誌よりこれまた高級そうで、雑誌というよりはお高いカタログだ。
金額が謎のところが、また怖い。
「哉人に聞いても、まゆりちゃんは自分でネットで探せるからってセッティングしてくれないのよ。私はほら、そういうのよく分からないし。こうして、まゆりちゃんと会って相談したくて」
(……お兄ちゃん……)
奇襲とか敵襲とかの情報よりも、中身を教えてくれればよかったのに。
言いにくかったのかな。それとも。
言いたくなかったのかな――……。
「こういう、お姫様みたいなのも可愛いわよね。でも、今のまゆりちゃんなら、こんな大人っぽいデザインも似合うだろうし。どんな式にしたいとかある? ガーデンとかナイトウェディングとか……あ、リゾートとかの方が好きかしら。大丈夫よ、私たちもまだ若いつもりだから海外でも……」
「え……ええっと! その、それこそ哉人さんのお仕事の都合とか。あ、あんまり海ではしゃぐタイプにも見えないですし! 」
(……ほら、設定決めてないから、こんな意味不明なアドリブを……)
でも、やっぱりそうだ。
私、お兄ちゃんの何も知らない。
本当は海が好きで、サーフィンが趣味とかもあるかもしれないのに。どんな可能性だって、ゼロじゃない。
私だって、こんなに雑でいい加減な私がアクセサリー作ってるなんて、誰が想像できるだろう。
演技が必要だからアドリブになるんじゃない。
私が知らなすぎるから、取り繕う羽目になるんだ。
「確かにねぇ。でも、まゆりちゃんの希望どおりにって思ってるみたいよ。若くて可愛いお嫁さんなんだもの、少しは我儘言ってほしいんじゃないかしら」
「……でも、私は……私、お兄ちゃんの望みも叶えたいんです。……あ」
また、まだ、“お兄ちゃん”。
しかも、彼のお母さんの前で。
「……まゆりちゃん」
バレたかな。
ううん、付き合ってるのは本当だ。
でも、お兄ちゃんじゃなくて私がその段階にいないことは気づかれたかも。
私が、お兄ちゃんに相応しくないって――……。
「まゆりちゃんは、本当に哉人のことが大好きなのね」
呆れられると思ったのに。
そう微笑んでくれたおばさんの瞳は、お兄ちゃんの笑い方に少し似ていた。