彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
――けど。
(……ウェディング雑誌、しっかり置いてったなぁ……)
やっぱり、ある程度のプレッシャーはかけに来たらしい。
「あー、だから、家に上げなくていいって言ったのに」
「無茶言わないでください」
「そんなことだろうと思った」って、帰宅してすぐお兄ちゃんはふわりと笑った。
苦笑いにもならなかったことが、何だかすごく切ない。
「……あの」
「んー? 気にしなくていいから。まゆりが適当に話合わせてくれたら喜ぶよ。何か言ってきたら、俺も……」
ネクタイを解きながら、さりげなく奥に行こうとするお兄ちゃんの背中を捕まえた。
「待ってください。そこの王子様」
「…………は? 」
ピシッと音が出そうなほど固まったお兄ちゃんは、ゆっくり嫌そうに振り向いて「頭、おかしくなった? 」って聞きたいけど聞けないって顔をしている。
「今すぐとはいかないけど、私のなかでは100%現実に起こることだって信じてるので……一緒に選んでください。全部私の好みでいいなんて、もう言わないで」
「……まゆり」
絶対叶える。
叶えてみせる。
「俺ならもっと、早く現実にできるのにな。まゆりは、何が何でもハードモードに行こうとするんだから」
「……すみませ……んっ……」
そのとおり。
あのまま実家にいて、それなりに楽しく過ごしていれば、もっと早く確実にお兄ちゃんと結婚できたんだろう。
でも、お兄ちゃんは最後まで謝らせてくれなかった。
「……自力なんだもんな。えらいえらい。でも、俺には頼っていいんだからな。にーに、あの頃よりも大人になって、お前の為にできることも増えたから」
「……なんで、今にーにが登場したんですか? 」
キスはしてくれたくせに。
拗ねた方がいいのか、恥ずかしがった方がいいのか。
よしよしと撫でるにーにの指先が、突如。
「……ドレス見せながら可愛いこと言われて、やましいこと一気に脳内駆け巡ったのを鎮めたかったから」
「……な、何ですか、それは……」
耳朶をそっと包んで、唇が限りなく近づいてきた。
「真っ白なの着せる話なのに、頭の中脱がせる方法考え始めたからな。にーににでもならないと、やってられない。……ほら、一緒に見るんだろ」
「……あ、疲れてるなら、今度の休みでも。あの……」
また、それも私の我儘。
もしかして、にーにが出てくる時って、哉人さんだと付き合いきれなくなった時なんじゃ――……。
「……ずっとさ。そんなの別に、奥さんになってくれる人がいたら、その人の好みどおりでいいと思ってた。せめて、それくらいしてあげたいって。逆に言うと、それくらいしか俺にしてあげられることはないから」
それを幸せだと。
そう思える人は、どれだけいたんだろう。
そこに近づけた人は、どんな人だったんだろう。
「そんな最低な言い訳、まゆりには通じなかった」
「……ごめんなさ」
考えても仕方ないことばかり、頭をぐちゃぐちゃに掻き回していく。
哉人さんの希望を聞きたいという、私の希望を押し通しているに過ぎないのが悲しい。
我儘ばかりなのを、謝らせてはくれないのも。
「あれから、ずっと考えて。俺はとにかくまゆりが欲しかったけど、まゆりはもっと結婚の本質みたいなものをちゃんと考えてくれてるんだなって。俺はそんなものよりも、とにかくいつ、まゆりが俺のものになるのかばかり焦ってたから。自分勝手すぎた」
「それは、お兄ちゃんに事情があるからですよ」
それすら、自分勝手だなんて言うの。
そんなの家の都合でしかなくて、お兄ちゃんの意思はないのに――……。
「違うよ。これは、俺の我儘。……一刻も早く、他の男が手を出せないようにしたいっていう最低なエゴ」
切なくて、泣き叫ぶのを我慢した唇にもう一度。
「そんな我儘、もうとっくに叶ってます」
指輪とか、目に見えるものがなくったって。
「……哉人さんだけ」
本当はずっと、そうなりたかった。