彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
(〜〜っ、恥ずかしい……! )
何度思い出しても、顔から火が出そう。
いや、ちょっとくらい火でも吹いてたんじゃない?
だって、そりゃ期待すると思う。
少し強引なのに優しさの塊なキスは大事にされている感じが伝わってきて、幸せしかなかった。
哉人さんなら、いいと思った。
覚悟していたものが一気に溢れ返るくらい、その時が来たんだと思った。
『俺の好みか。難しいな。ドレスとかは、やっぱり着る本人が好きなものがいいと思うし。本当は二人きりで挙げたいくらいだけど、そこは反対されるだろうな。え、リゾート? へぇ、それはいいんだって? 別でお披露目すればいいってことかな』
ペラペラと雑誌を捲りながら、器用に中途半端だったネクタイを解き、シャツのボタンまで外して。
慌てて目を逸らしたのは、私の方だった。
『お、お仕事の都合もありますよね』
『残念ながらね。上役周りは、親の知り合いばっかりだから。関係先もどこまで呼ぶつもりなんだか。ごめんな、お前も付き合わせることになると思う』
そんなの初めてじゃないのに、ドキドキした。
解かれてもなお、きっちりしたネクタイ。
開けて見えた首筋や胸元。
意識してしまえば、普通に目に入っていたところまですべて色っぽく見える。
『そ、それはその……あの。はい……』
頭が真っ白で何も考えられないはずなのに、お兄ちゃんの声だけははっきり聞こえて、そのくせ内容は頭に入ってこない。
お兄ちゃんは、私をどうこうする妄想だって言ったけど、絶対に私の方がやばい。
普通に話しかけてくるお兄ちゃんよりも、私の方が。
(……一回気になったら、もうダメ。何なの、その色気)
――これ、完全に欲情してる。
・・・
(……やっと、一日終わった……)
今日が仕事でよかったのか、悪かったのか。
さすがに仕事中はまだまともだったけど、ふと気が逸れた瞬間にお兄ちゃん――哉人さんのことが思い出された。
抱きしめられた時、髪を梳かれた時の指の掠め方。
『まゆり』
普段と同じ声なのに、いっそう甘く感じる発音。
自分の名前がこうも甘くなるものかと驚愕するのに、ちゃんと自分が呼ばれたと認識して高揚感に溺れる。
唇の触れ方も、目を瞑ろうとすると瞼や目尻、耳――撫でられて降参して目を開けると満足そうにふっと微笑まれて、かあっと熱くなるあの一瞬のこと。
お兄ちゃんに置いていかれないように、必死で掴まるのに精一杯だと思っていたけど、こうして思えばかなりのことが記憶されてしまっている。
(ダメだ……家に着くまでには、頭と言わず全身冷やしておかないと。って、あ……)
『迎えに行くから、そこを動かないように』
お兄ちゃんからのLINE。
スマホを見るであろう時間のちょっと前に、狙ったように送信されていた。
(……と、言うことは……)
慌てて外に出ると、この前の運転士さんの車じゃなく。
「お疲れ」
なんで恐る恐る近づいてくるんだろうと、不思議そうな視線とぶつかり。
車に乗ったままでも大丈夫なのに、律儀に降りてきたお兄ちゃんは私の為にわざわざ手でドアを開けてくれた。