彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
案内された席に着くと、お兄ちゃんはふっと息を吐いて苦く笑った。
「嫌な思いさせてごめん」
「私に嫌な思いをさせたのは、哉人さんじゃありません」
いつか言われた台詞をお返しすると、今度はくしゃっと笑って。
「……ん……」
あんまり納得いってないみたいに曖昧に頷いて、私の手に自分の手を重ねた。
「それにしてもお前は……自分のことは言われっぱなしで泣きそうになるのに、人のことに頑張りすぎだろ」
「他人じゃなくて、哉人さんのことです。……まあ、凡人の気持ちは、痛いほど分かりますよ。それにしたって、ひどいです。……好きな人を傷つける為に利用されるのは、我慢できなかったの」
綺麗な店員さんが、ワインのボトルを持ってきてくれたのを華麗にスルーしてくれる優しさにときめくなんて、私こそひどい。
「お前がどうだからって理由じゃないよ。元々、あいつに嫌われてるんだ。……にしても、まゆりが凡人かー? 本気でそう思ってるの」
「どう見ても平々凡々じゃないですか。あの人が突っ込みたくなったの分かります。……でも、負けません」
よかった。
お兄ちゃん、ちゃんと笑ってる。
「ばーか。誰とも戦う必要ないの。そんなことしてないで、当の俺を口説いたら。……それも必要ないけどな」
それすら、私への気遣いかもしれないと思ったら、鼻の頭がツンとした。
「いちいち、突っ掛かってくるんだよな。別にあいつが自分で言うほどできなくないし、何なら俺よりモテてると思うのに」
「うーん。そうやって、全部上手くかわされるからじゃないですかね……」
何言っても、何しても涼しい顔されるから躍起になってるのかも。
たとえ平気そうに見えたとしても、馴れてしまうくらいお兄ちゃんだって傷ついてるのに。
「俺、面倒くさがりだからさ。戦うの苦手なんだよ」
「戦わずして勝っちゃってますからね……」
(ほんと、気持ちは分かるんだよなー)
どっちかというと、お兄ちゃんの立場の方よりあの人の位置に近いところにはいるし。
「まゆり? 」
「はい? 」
何だかモヤモヤして、私は有り難くワインを頂いていた時。
「好きだよ」
「……ぶっ……! 」
(〜〜今、絶対狙ったよね!? )
ワインを注いでもらって、口に運んだ瞬間を狙ったとしか思えない。
「……な……な、何ですか、今……」
「ん。今伝えたくなった」
咳き込みそうになってる変な顔を、そんなに愛しそうに見ないでほしい。
このうえ、人前で告白なんてされたら。
私だってもっと伝えたいのに、嬉しさで震えて何も言えなくなる。
・・・
「まゆり。こっち」
帰宅して、お風呂に入って。
いろいろ整えて部屋に戻ると、お兄ちゃんがベッドに座っておいでおいでしてる。
「髪濡れてますよ。っていうか、乾かしてませんね? 先に入ってよかったのに……」
一緒にいる時は、頑なに「先にどうぞ」だもんな。
「すぐ乾くから平気。それより、こっち……っしょっと……」
高さのあるベッドに膝を乗せると、腕を引っ張られるまま、ぎゅっと抱きしめられた。
「……酔ってます? 」
言葉がいつもより幼いような。
「そうかも。……って言ったらどうする? 」
「ど、どうもしません。寝てくださ……」
ぽすん。
お兄ちゃんの背中がベッドについて、下から頬と耳を包みこまれ。
「やだ」
至近距離で、そう囁かれた。