彼ラン!〜元許婚が逃げ込んできたので、匿うつもりがなぜか同居することになりました〜
ちょうどいい硬さのベッドが、今は心許ない。
しっかりと手を押しつけていないと、お兄ちゃんの胸に倒れ込んでしまいそうなのに。
キスされて、耳を指先で掠め取られながら、ゆっくり撫でるようにもう片方の掌に背中を包まれて、ふるふると小刻みに震えた。
「……ど、どうしたんですか……っん……」
意識していた唇じゃなく、次は喉元に口づけられて、それ以上言えなかった。
「俺の為に、一生懸命になってくれるの可愛い。そう思った次には嫉妬してた。……お前が、俺よりあいつに近いみたいなこと言うから」
「そ、それは、だって、お兄ちゃんは……」
他にこんな人いないっていうくらい、素敵な人だから。
ただ、それだけなのに。
「あんな男より、まだ俺の方が遠い? ……なら、まゆりからも、もっと来て。……こっち」
(……近っ、い……)
もっとなんて、無理。
そう言う隙なんて与えてくれず、もう一度唇を奪われる。
「近くにいるのに、遠いとか。近づけたと思った途端、手離されるみたいで、すごい焦らされる……」
「お兄ちゃんが焦ることなんて、何も……っ」
――ない、のに。
嬉しいと思ってしまう。
もっと、夢中になってくれたらと願ってしまう。
私が大人になりたくて、追いつきたくて追いつけないこの感じの、0.1%でもいい。もっとずっと少なくてもいい。
優しい嘘に、限りなく近いくらいで構わないから。
「……好き……」
――距離が縮むくらい、もっと側に来て。
「哉人さんが好きです……」
もう無理だった。
力なんて全く入らないし、きっと最初からその必要もなかった。
いっそ力を抜ききってしまえば、高級ベッドよりもずっと心地いいに決まってる。
私は、一体何に抗っていたんだろう。
唇が重なっては離れるたびにそれが分からなくなっていって、もう何度目か数えられなくなった時には、もうそんな発想すら消え去っていた。
「かなと、さ……」
緩く抱かれているのがもどかしい。
大丈夫だから、もう今度こそ逃げないから。
もっと――……。
「ん……哉人さ……」
(哉人さ……ん……?? )
背中にあった腕が腰に降りて、ゾクリとしたけど。
腰というより、ストンとベッドに落ちてしまった気がして、恐る恐る目を開けると。
「……寝て……ます? 寝てますよね!? 」
(…………私の魅力って)
いや、酔ってたんだ、きっと。
だから、睡魔に勝てなかっただけ。
私の色気が。
「……だからって……お兄ちゃんのばか」
そりゃあ、アルコールに誘われた眠気相手じゃ、私の色気は負けも大負け、完敗かもしれないけど。
「……はぁ」
お兄ちゃんの胸で溜息を吐いた。
寝ぼけてるのか、頭を撫でてくれる手つきは、完全ににーにモード。
それはそれで気持ちよくて、実は「にーに」のお兄ちゃんも前よりは嫌じゃない。というか、全然嫌じゃなくて、そんなお兄ちゃんも好きだ。
嫌がる素振りが、日に日に難しくなってく。
それは慣れというより、どんな哉人さんも大好きで。
それこそ、完全に負けまくってるってこと。
「おやすみなさい、いじわる哉人にーに」
デコピンしてやろうかと思ったけど、やめた。
それだけ疲れてるってことだし、どれだけストレスを抱えていても私を甘やかしてくれる。
「……いつか、もっと頼ってくださいね。もう少しくらい、私も哉人さんに追いつきますから」
私からの額へのキスは、ものすごく分不相応な気がした。
だって、この状況で寝顔が可愛いなんて思う余裕は、まだまだ私にはないんだもの。
・・・
「……とっくに俺を追い越してるよ、お前は」
「おやすみ」と、優しいキスの狭間に。
もっと何かあった気がするのに、すっぽり包まれる暖かさと幸福感が感覚を麻痺させてく。
幸せの他は何もかも鈍くなっているのに、どうして今、私。
自分の首筋に触れたりしたんだろう。