だから聖女はいなくなった
 ガランゴロンと鈴を鳴らして牛を連れて歩く牛飼いとすれ違う。牛たちも牛舎へと戻る時間だ。
 牛飼いに挨拶をして、幾言か言葉を交わす。やはり、明日は雨になりそうだと牛飼いも言った。

 ラッティはリビーと一緒に歌を口ずさむ。それはこの地方に昔から伝わる子守歌で、空が茜色になったらおうちに帰りましょうという歌詞。そして、夜は静かに星空を眺め、夢の世界で会いましょう。と続く。

 リビーを彼女の家まで送り届けた二人は、手を繋いで歩き出す。

「体調は、大丈夫なのか?」

 夕焼けのような緋色の瞳が、ラッティを見下ろした。彼女は笑みを浮かべ、「大丈夫よ」と答える。

「君が戻ってきてくれてよかった」
「えぇ……。私も、戻ってこられるとは思っていなかった」

 ラッティは、五年ほど前この村から出て行った。それからずっと、二人は会っていなかったし、手紙のやり取りすらしていなかった。
 お互いに、そういう約束をしたからだ。
 ラッティに家族はいない。親代わりのカメロンの両親からは、定期的に衣類や日持ちのする食料などの荷物と、近況を知らせる手紙が届くだけだった。

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