だから聖女はいなくなった
「あぁ。あとで紹介しようと思っていたのですが。私の妻です」

 カメロンが女性と子どもに向かって歩き出したので、サディアスもそれに従った。
 それでも今、心臓を鷲掴みにされたように、ぎゅっと胸が苦しかった。

 カメロンが妻と言った女性。それは間違いなくラティアーナである。
 だが、サディアスの知っている彼女とは少し違う。腰に届くほど長かった髪は、肩の長さで切り揃えられ、顔もいきいきと輝いている。
 身体つきもどこかふっくらとしているし、なによりもサディアスが目を奪われたのは彼女の腹部である。少しだけせり出している腹部。そこで新しい命を育んでいるのだろうと思わせるような。

「ねえ、カメロン。この人、だれ?」

 子どもの声で我に返る。

「王都から、牛さんを見に来た人だよ。ここの牛さんは美味しいからね」
「牛さんを見に来た人?」
「あ、うん。はじめまして。僕はサディアス」

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