だから聖女はいなくなった
「ラティアーナがいなくなったからだ……」

 まるで胸の奥から絞り出すような、苦しそうな声である。
 だが、まさかここで、彼女の名が出てくるとは思わなかった。

「なぜラティアーナ様がいなくなると、兄上の執務が滞るのですか?」

 そもそもラティアーナに別れを告げたのはキンバリーのほうだ。彼女はその言葉に素直に従っただけにすぎない。

 キンバリーが深く息を吐いた。それでも、書類の山はびくともしない。

 サディアスは黙って書類の束を見つめている。正確には、書類の向こう側にいるであろうキンバリーを見ているのだ。

「彼女に手伝ってもらっていた。彼女は神殿にいただけあって、国内の情勢に詳しかった」

 閉鎖的なイメージのある神殿であるが、ラティアーナはしっかりと国内、いや国外も含めて目を向けていた。慈善活動の合間には書物を読み、有識人から教えを乞い、くるべき厄災に備えていたのだ。
 過去にどのような厄災が訪れたのか。それに対してどのような対応をしたのか。

< 14 / 170 >

この作品をシェア

pagetop