だから聖女はいなくなった
 その言葉に心が震えた。
 ミレイナは逃げたかった。あの真実を知ってからずっと怖かった。
 迷わず彼の手をとった。

 竜も眠り、神殿も眠り、草木も眠る真夜中に、ミレイナは月白の首飾りを部屋に置いて逃げ出した。
 聖女が逃げ出した前例なんてなかった。聖女が逃げ出すという考えもなかった。
 だから、夜になると警備は薄くなる。

 その隙を狙って、ユリウスがミレイナを神殿から連れ出した。

 向かった先は、ユリウスの故郷であるテハーラの村である。
 村の人たちは、突然帰ってきたユリウスを快く迎え入れてくれた。そして、彼がミレイナを連れてきたから、()()()()()()だろうと思い、心から祝福してくれた。

 田舎のこの村では、王都の情報など入ってこない。それがミレイナにはよかったのかもしれない。
 ミレイナも、ここに来てすぐは竜がどうなったのか、神殿の様子はどうなのか、そればかりを気にしていた。
 だが、仕事を与えられ村の人たちと過ごしていくうちに、そんな嫌なことは忘れていく。
 どこどこの村では嵐にやられただの、どこどこの町は日照りになっているだの、ぽつぽつとそんな話は聞こえてきたが、テハーラの村は長閑なままだった。
 どこからともなく聞こえてくる牛の鳴き声が、あの場所ではないことを教えてくれる。ゆっくりと穏やかに、時間は過ぎていく。

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