だから聖女はいなくなった
 ラティアーナが神殿に素直に従っているのは、竜を殺すため。カメロンもすべてを知っている。
 彼女は竜を殺すために、聖女という役目を受け入れた。

 そのなかで、キンバリーとの婚約は予定外だった。
 カメロンとの約束と親への仇を生きがいにしてきたというのに、生きる糧を失ったような、そんなどん底に突き落とされた気分だった。

 しかし、その気持ちすら周囲に悟られてはいけない。
 聖女としてそれを受け入れ、聖女として振舞った。
 時折、虚無感が襲ってきて食事すら喉が通らないときもあったが、カメロンとの約束を思い出して心を奮い立たせた。

 親代わりであるもあるカメロンの両親から荷物が届くと、孤児院へ足を運んで、それらを寄付した。子どもたちとの時間が、まるで自分の未来を見ているかのような気分にさせてくれた。

 キンバリーから婚約解消を突きつけられた時は、やっと解放されると思った。だが、それを望んでいたのも事実。
 ラティアーナにとって、アイニスという女性は都合のよい女性だった。
 聖女になりたがっている。キンバリーの婚約者になりたがっている。ラティアーナを羨ましがっている。
 だったら、望む者に望む物を与えてあげたほうがいいだろう。
 ラティアーナは躊躇いもせずに、月白の髪飾りをアイニスに手渡した。彼女はそれを待っていたのか、ひったくるかのようにして奪い取った。

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