だから聖女はいなくなった
 それが嫉妬なのか憎悪なのか羨望なのか、どういった感情であるかはわからない。
 サディアスの知らないラティアーナを彼女が知っているという事実が、胸の奥をざわつかせた。
 アイニスに気づかれぬように、テーブルの下できつく拳をにぎりしめる。

「私は、生まれたときから商人の娘として王都で暮らしておりました。それでも、兄によって年の離れた男性と結婚をさせられそうになって……。ですが、辺鄙な田舎に住んでいたラティアーナ様は、聖女となりキンバリー殿下の婚約者となった。不思議なものですよね」
「きっと、それが縁というものなのでしょう。何がどこでどう繋がっているのかだなんて、誰も知りません。そして、それがこの先、どのようになっていくのかも」
「ええ……」

 頷いた彼女は、今度はテーブルの上に置いてあるスタンドの中断のスコーンに手を伸ばす。たっぷりとジャムを塗ったら、いきなりかぶりつく。

 このようなところが、張りぼてなのだろう。

 だが、サディアスは何も言わない。それはサディアスの役目ではないからだ。
 そんな彼女の姿を目にしたら、すっと胸のつかえが取れた。

 彼女を張りぼてとキンバリーが罵るのであれば、彼女に教師を手配するのはキンバリーの役目である。まして、二人は婚約者同士なのだから。サディアスの気にするところではないが、キンバリーに助言をしたほうがいいのかもしれない。

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