だから聖女はいなくなった
「ですが、その一言がきっかけとなり、殿下がラティアーナ様を見る目が変わったようにも見えて……。それに、殿下がラティアーナ様のことで悩んでいらっしゃるようにも見えましたので……」
「そんな兄を、あなたが慰めてくださったのですね。兄は、アイニス様がいて励みになったとも言っておりました」

 彼女の手は、所在なさげに動いていた。言葉を選んでいるようにも見える。

「そうですか……。そう言っていただけると、安心いたします。私にとっても、キンバリー殿下は心の支えのような存在ですから」

 サディアスは、自分のカップに視線を落とした。カップが透けるほど透明な緋色の液体に、自身の顔がちらっと映りこむ。その自分と目が合う。

「ですが、今となっては後悔しております。あのときは、ラティアーナ様のようになりたいと。ラティアーナ様から、『聖女の証』とキンバリー殿下を奪ってやりたいと。そう思っておりましたのに」
「なるほど……」
「私には、ラティアーナ様のような生活は送れません。できることならば、この『聖女の証』をお返ししたいくらいです」

 そう言ったアイニスの首元には、月白の首飾りが輝いていた。
< 54 / 170 >

この作品をシェア

pagetop