だから聖女はいなくなった
 今でも三日に一度の神殿へ行き渋るようなアイニスに向かって、神殿で暮らせというのはなかなか難しい。
 だが、それが本来の聖女のあるべき姿なのだ。

「聖女が神殿で暮らすのは、(いにしえ)からの決まりであるから、ですか?」
「ええ、そうですよ」

 神官長は首肯する。

「古より、竜王様と聖女は一心同体と伝えられています。竜王様がいらっしゃるからこそ聖女が生まれ、聖女がいるからこそ竜王様がお目覚めになる」
「だが、聖女が竜に対して行うのは、うろこを磨くことくらいだと聞いています。それも、毎日ではなく三日に一回でいいと」
「竜王様はお優しいですからね。慣れないアイニスを気遣ったのでしょう。本来であれば、それだって毎日行うことなのです。ですが、少しずつ、聖女としての自覚を持ち、いずれはこの神殿で暮らしてくれることを望んでいるのです」
「なるほど……」

 神殿側の考えはわかった。
 ラティアーナがいなくなった今、アイニスを手元に置いておきたいのだ。アイニスが聖女であるかぎり、それは神殿の正当な主張であるのも理解している。
 ただアイニスのことを考えると、今の申し出を「はい」と即答するのははばかれる。いくら張りぼての令嬢であり聖女であっても、アイニスも一人の人間だから。

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