だから聖女はいなくなった
「私は、ラティアーナが聖女であるときから思っていたのですよ」

 そう言った神官長は、背中を丸め少しだけサディアスに顔を寄せてくる。

「やはり、聖女という理由で王太子殿下と婚約するのは、いかがなものかと」
「つまり……兄は聖女様の相手として相応しくないと。神官長はそうおっしゃりたいわけですか」

 王族と神殿の関係は同列である。どちらの地位が高いとか、そういった関係はない。
 それは神殿が国を庇護する竜を住まわせているからだ。

「いいえ、ちがいます。アイニスでは、王太子殿下の相手として相応しくないと。そう思っております。殿下であれば、もっと地位があり教養のある女性のほうが、将来の王太子妃として安心されるのではないですか?」
「ですが……。兄の婚約者にと、最初に聖女であるラティアーナ様を推薦なさってきたのは、神殿からですよね?」
「竜王様のお望みだったからです」

 そこで神官長は喉を潤した。カップを持つその仕草を、じっくりと観察する。彼のふっくらとしている手も、荒れていない指も、神殿の教えに従っているとは思えない。

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