だから聖女はいなくなった
 特別美味しくもなければ、不味くもない。いたって普通のビスケットである。このビスケットに価値があるとすれば、ラティアーナが教えた子どもたちが作ったという点。

「サディアス様。この後、子どもたちにも会っていかれますか? ラティアーナ様が来られなくなってから、子どもたちも寂しがっておりまして。新しい聖女様……アイニス様? は、こちらに顔すら出してくださらないので……」

 マザー長は取り繕うかのように微笑んだ。

「申し訳ありません。アイニス様は、聖女様になられたばかり。また、未来の王太子妃としても学ぶことが多く、自分のことで手一杯なのです」
「そうなのですね……ただ、こちらの孤児院も、現状は以前ほどではないということをお伝えしておこうと思いまして……」
「それは、どういった意味ですか?」

 マザー長の含みを持たせた言い方はわかりにくい。
 だが、彼女の目が不自然に泳いでいる。言うべきか、言わぬべきか。迷っているようにも見えた。

「その……こういったことをサディアス様に申し上げていいものかどうか……」
「どうぞ、なんなりとおっしゃってください。内容によっては兄や父にも伝えますし、伝えるなと言うのであれば、僕の心の中に秘めておきますので」

 その言葉でマザー長の肩から力が抜けた。

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