致し方ないので、上司お持ち帰りしました
ずっと待ち望んでいた。今まで非童貞としか出会えず、大人の童貞とは出会えないと思っていた。あと少し遅ければ、未成年に手を出して捕まっていたかもしれない。
これは運命だ。
胸にじわじわと高揚感が湧き上がってくる。
「よっしゃ!」
気持ちが高ぶり、拳を上げて思わず声を張り上げた。
「んー?」
よほど声が大きかったのだろう。あれほど声を掛けても起きる気配のなかった真白さんがやっと目を覚ました。寝ぼけまなこでとろんとした瞳を向けられる。
このイケメンエリートが童貞。
探し求めていた童貞。
よだれが出そうなところを何とか堪えた。冷静を装い渾身の優しい声を出す。
「真白さん? 大丈夫ですか? よほど飲まれましたか?」
今まではイケメンエリートに、微塵も興味がなかった。冷たい態度をとっていたと思う。だけど、童貞ともなれば話は別だ。甘えた猫なで声だって、平気で出せてしまう。
「泉さん? あ、そうか。泉さんが乗ったタクシーに乗り込んで……そこまでは覚えているんだけど、」
「真白さんに声を掛けても、起きなかったので、お部屋まで担いできました」
「か、かつ? 悪かったね」
「いえ。滅相もないです」
真白さんは頭をポリポリとかきながら、気まずそうな表情を浮かべる。
「あ、えっと。ありがとう。……これ、帰りのタクシー代に使って? じゃあ、また会社で」
1万円札を握らされ、やんわりと帰ることを促された。
ここで帰っていいのだろうか。
せっかく運命の人(童貞)に出会えたのに。
「……」
「……」
「泉さん、本当にありがとう。帰りは気をつけて」
帰ろうとしない私に再び催促の言葉が降りかかる。
一見、優しそうな笑みを浮かべているが、目の奥は笑っていない。「早く帰って欲しい」と目で訴えているのが、ひしひしと伝わってくる。