致し方ないので、上司お持ち帰りしました
5


 

 何事もなく数日が過ぎた頃。
 今にも雨が降り出しそうな、一面が雲に覆われた日だった。


 この日、会社で会った真白さんに少し違和感を覚えた。いつもはパリッとアイロンされたしわ1つないスーツに身を包んでいるのだが。今日はスーツにしわが目立つような気がする。



 真白さんが、身だしなみに気をつけていないのは初めて見た。


 まあ、人間だから、毎日完璧ってわけでもないのかもしれない。

 そう思い、特別気にもしていなかった。


 仕事が終わるころには真っ黒な空から小雨が降り出していた。カバンに忍ばせていた折り畳み傘をさして帰り道を歩く。


 アパートが見えてきた時だった。怪しげにウロウロする人影が視界に入り、足がぴたりと止まった。嫌な予感がして物陰にさっと隠れた。



 じーっと見つめると見覚えのある人物だった。



「……楓くん?」



 元カレの楓くんだ。背中が少し猫背でポケットに両手を突っ込みながら歩くところは変わらない。アパートの周辺を行ったり来たりしていて、完全に怪しい。


 ドクドクと嫌な音を立てて心臓が鳴り出した。
 なんで。楓くんが――。


 私たちの関係は終わったはずなのに。もう、会いたくもないのに。


 小雨が降ってる中、傘も刺さず待ち伏せをしている楓くんの服は、雨に濡れて色が変わっていた。服の濡れ具合から、結構な時間あの場にいることが考えられた。


 家で待ち伏せされるなんて、流石に怖くて手が震え出した。ポケットに入れていたスマホに振動が伝う。

 
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