致し方ないので、上司お持ち帰りしました


 ブ――っブ――。

 もしかして、楓くん?

 怯えながら待ち伏せする楓くんに視線を向けると、彼は手に携帯を持っていなかった。


 今、私に電話をかけているのは楓くんじゃない。

 ホッとして、スマホを手に取った。

 

 ~♪
 着信 真白さん。


 画面に表示されたのは、予想もしない真白さんだった。

 念のため交換した連絡先。
 活用されることはないと思っていた。なぜ真白さんから電話がくるのか理由が分からない。雨の音に聴力が遮られる中、通話ボタンを押した。



「もしもし」

「……」

「えっと、真白さんですよね?」

「泉さん? 助けて、」

「へ? なんて?」
 

 電話越しの真白さんの声があまりにもか細くて聞き取れなかった。待ちゆく人の足音、雨が降り注ぐ音。真白さんの声は簡単に掻き消されてしまう。


「……た、助けてください」


 騒音の中、小さなか細い声が耳に届いた。

「今、どこですか?」

「マンションの、向かいのコンビニに隠れています」

「隠れ? 待っていてください。今行きますから」


 通話ボタンを切ると、来た道を引き返した。小雨が降る中、待ちゆく人ごみをかき分けて走っていた。


 水たまりの水しぶきが、パシャリと音を立てて足元にかかる。自分でも分からなかった。
 なぜ、雨の中走っているのか。


 なぜ、ストッキングが汚れることを気にせずに走っているのか。無我夢中で理由を考える暇はなかった。



 
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