致し方ないので、上司お持ち帰りしました
会社には時間差で別々に出社をする。慣れない通勤路なので、私のほうが早めに家を出た。
社内を歩いている時だった。聞きなれたヒールの音が近づいてくる。
「泉さん! あの、真白さんのことなんですけどー」
朝から、私のもとへ歩み寄ってきた秋月さんは、いつも通り朝の挨拶はない。先輩に対して挨拶もなく、自分の話を話し始めるメンタルの強さを見習いたい。
「秋月さん? いつも言っているけど、朝の挨拶はしよう? 一応、私先輩だよ?」
歩く足を止めてしっかり向き合い、淡々とした口調で伝えた。今まではやんわりとしか注意出来なかったが、ちゃんと注意することができた。
心の中でガッツポーズをとる私の耳に届いたのは、謝罪でも挨拶でもなく、嘲笑うような笑い声だった。
「あははっ。いきなり先輩風吹かせてどうしたんですか? 変なのー」
「……」
小馬鹿にしたように鼻で笑うと、謝罪などするはずもなく歩き出した。
分かっていたけど、秋月さんは話が通じない。イラっとした感情が顔に出てしまっただろう。いつもみたいに笑ってごまかそうとしたけれど、引きつって上手く笑えない。
「泉さん? 似合わないんで、そのキャラやめたほうがいいですよ? ははっ」
棘しかない言葉を残して、コツコツとヒールの音を響かせながら去っていった。秋月さんのことを理解できない。
先輩に注意されても、鼻で笑って返すなんて常識としてありえない。ふつふつと込み上げてくる怒りをぶつけるように拳をぎゅっと握った。