致し方ないので、上司お持ち帰りしました


 淡い期待を瞳にこめてじっと見つめる。その期待は簡単に打ち砕かれた。
 

「50万。貸してもらえないかな? こんなこと涼香にしか頼めなくて……」

 頭に銅器で殴られたような衝撃が走る。嫌な予感が的中してしまった。


 彼は子犬のような甘い顔で、瞳を涙で潤ませて見つめてくる。この子犬のような潤んだ瞳が愛おしくて好きだった。

 だが、もう私には通用しない。なぜなら、その潤んだ瞳も、お金をだまし取られた元カレで経験済みだからだ。



 女を騙す参考書でもあるのだろうか?
 みんな同じ台詞に。
 みんな同じ表情を作ってくる。



「悪いけど……そんなお金ないよ?」

「でも、俺。ほんとうに困っていて……」


 一瞬彼の眉がピクリと動いた。私がすぐに了承すると踏んでいたのだろう。予想外な反応をされて、動揺したようだ。


「私、人にお金貸さないから」

「今までは1万とか貸してくれたよね?」



 そうだ。飲み会代が足りない。家賃が払えない。何かと理由をつけてお金を貸してほしいとせがまれた。

 その金額が1万と、絶妙な値段だったので、不審がらずに貸してしまった。恋は盲目というけれど、1万円も立派な大金だ。

 今すぐにでも返してほしい。怒りの感情が沸き起こってきたが、必死に抑え込んだ。


「1万円と50万円じゃ、桁が違い過ぎるよ」

「じゃあ、分割でもいいよ?」

 冷静に淡々と断ってみたが、なかなかしつこい。
 なぜ分割にしてまでお金を貸さなければいけないのか。


 良かった。2度もお金を騙し取られた経験があると、洗脳されていないようだ。頭が冷静な判断をできる。
 
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