致し方ないので、上司お持ち帰りしました


「だから、無理だって! 絶対貸さない!」

 諦めの悪い楓くんに、冷たく言い放った。
 その瞬間。彼の顔つきが変わった。子犬どころか、狂犬のように眉間にしわを寄せてすごんでいる。

「はあ? 涼香ため込んでるじゃん。三桁はあったはず。……あ、」

 どうやら、私の通帳をチェック済みらしい。私が自ら通帳を見せた覚えはない。ということは、彼が勝手に盗み見したといいうことだ。最初から金目的か。


「私、簡単に騙されないから!」


 涙は見せなかった。その代わり、今まで見せたことのない冷たい表情を浮かべて言い捨てた。驚いたようで、口をぽかんと開けて固まっている。そんな彼を置いて店を出た。



 店を出たとたん、我慢していたものが溢れ出てきた。

 涙が止まらない。



「なん、で。わたしは……こんなに男運がないの……うっ、」 


 付き合っていた彼は、また詐欺師だった。

 祖母の死後、数人の男と付き合った。しかし、10股をかけられていたり。既婚者を隠していたり。詐欺師だったり。ろくな男と出会えていない。


 祖母の予言に反論する気はもう起きそうにない。祖母が死ぬ前までは、こんなに男運が悪くなかった。立て続けにろくでもない男としか付き合えない今の現状を見て、信じてしまうには充分な理由だった。



 祖母の霊視占いはTVで特集されるほど当たる。
 そんな祖母が最後に残した予言。その予言と真剣に向かわなければいけないと自分でも分かっていた。
 

 分かっているけど、童貞がいないんだもの。

 
 昔から祖母は縁を大切にしなさいとよく言っていたことを思い出した。


 拝啓。天国のおばあちゃん。縁を大切にしたくとも、童貞との縁が見つかりません。
 存在しない縁は大切にできそうもありません。


 雲が広がりどんよりとした空を見上げて、天国の祖母に向けて心の中で言い放つ。

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