致し方ないので、上司お持ち帰りしました
「おはようございます」
「おはよー。泉さん」
「中山さん。おはようございます」
ニヤニヤと口角を上げて近づいてきたのは中山薫さん。同じ営業部で、3つ年上の先輩。
仕事の面でもとても信頼できる人だった。
「どうなの?」
「え、」
「真白さんとはうまくいっているの?」
「まあ、ぼちぼちですかね」
「いいなー。若いなー。にやけちゃうわー」
にやにやと顔を緩ませながらひじで小突かれた。
真白さんと付き合っていることは、噂で営業部内には回っていた。皆の前で宣言したのだから話が回るのは必然だ。
「エリートイケメン! 数々の女からモテたであろう真白さんをゲットするなんてね!」
「……」
朝からテンション高めな中山さんを見ると、嘘をついている罪悪感が押し寄せてくる。
そうだ。私と真白さんは交際しているふりなのだ。
交際しているふりだと知っているのは、私たち本人だけだ。みんな私たちが付き合っていると信じて疑わないので、同じ部署の社員からは、あたたかい視線を受けることが増えた。
ただ、秋月さんだけは違った。文句を言ってきたりすることはなかったが、時折睨まれているような気がする。でも、実害はないので、放っておくことにした。
今までは、毎日のように秋月さんに絡まれていた。その日常が消えた。仕事上の必要最低限の会話以外は、私に近づいてくることはなくなったのだ。
寂しいというより、心はほっとしていた。やはり、私と秋月さんは合わなかったんだと思う。話しかけられない日常に心の安らぎを感じてしまっているのだから。