致し方ないので、上司お持ち帰りしました




 帰り際に急ぎの仕事を頼まれて残業になってしまった。


 朝ごはんを作ってもらった代わりに、今日こそは夕ご飯を作ろうと意気込んでいたのに。


 急ぎ足で帰宅すると、空腹を掻き立てる香ばしいスパイスの匂いが鼻を刺した。


「ただいま……真白さん、今日も作ってくれたんですか?」

「今日は時短カレーです」

「玄関ドアを開ける前から、良い匂いしていましたよー。カレーって食欲をそそる匂いですよね! 時短カレーって普通のカレーと違うんですか?」

「市販のルーを使ったよ」

「え。逆に市販のルー以外で、カレー作れるんですか?」

「スパイスから作ってたよ。でも時間がかかってしまうから、今日は市販のルーにした」



 あっけらかんと言ったが、スパイスからカレーを作る男性は珍しい。もはや、市販のルー以外から、料理人ではない素人がカレーを作れることに驚いた。




「おいしいー! カレーは辛口ですよね!」

「よかった。俺も辛いの好きだからさ」


 残業の後に帰宅して、おいしいカレーが用意されているなんて幸せでしかない。


 リビングテーブルに向かい合って座り、ご飯を一緒に食べるのも日常になっている。



「ははっ。泉さん、美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ」


 目を細めて嬉しそうに笑った。彼の笑顔1つで胸が高鳴ってしまう。



 ダメだ。

 真白さんにも、この生活にも、沼りそうだ。
 すでに片足はどっぷりつかっているかもしれない。
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