致し方ないので、上司お持ち帰りしました
9
この日は案件が重なり、営業部内全体が忙しさに包まれ殺伐とした空気が漂っていた。
「泉さん、悪いんだけど。午後一、お客様のところに訪問することになってさー。この資料まとめといてくれる?」
「午後一ですか?!」
営業の山田さんに、無茶ぶりともいえる仕事を頼まれた。
「忙しいところ、本当に申し訳ない! これから、他のお客様のところにいかないといけなくてさ。泉さんが無理な場合、他の人に割り振ってもらえる? 13時までに共有フォルダに入れといて。本当ごめんね」
手を合わせて申し訳なさげにいうので、頼まれた仕事を断ることはできなかった。渋々引き受けたはいいが、私も急ぎの仕事で手がいっぱいだった。他の社員に頼まなければならない。
仕事状況を確認して判断すると、今手が空いているのは秋月さんだけだった。あまり頼みたくない相手ではあったが、仕事なのだから仕方がない。
「秋月さん、急ぎの仕事入っている? 急ぎがなければ、この資料をまとめてほしいの。山田さんが午後イチで使うから、13時までにお願いしたい急ぎなんだけど……」
「……」
秋月さんは無言のままゆっくり振り向いた。
「分かりました。やっておきますね」
「ありがとう。13時までに必要だから。お昼休憩より前に終わらせてもらえると助かる。共有ファイルに入れる前に、見せてくれる? 一応確認したいから」
「はーい」
秋月さんと仲はこじれたままだったが、仕事のことは別だと思った。入社2年目の彼女は、もう新人ではない。ある程度1人で仕事をこなせるし、仕事面に関しては信頼している。
秋月さんに頼んだのは簡単な資料作成だった。入社二年目の秋月さんなら、余裕でこなせる仕事。休憩をとる暇も惜しいくらいに仕事が切迫していたので、こちらから進捗状況を確認する時間はなかった。
秋月さんからヘルプの声が上がらないということは、問題が起きていないのだと。そう思い込んでいた。