致し方ないので、上司お持ち帰りしました


「泉さん。秋月さんから聞いたよ?」

「え、なにをですか?」


 営業の山田さんが嫌悪感たっぷりな視線を向けてくる。秋月さんになにか吹き込まれたのだろう。瞬時に察した。


「以前から相談されてたんだけど……たまにこういうことあるんだって? 頼まれてもいない仕事のことで難癖つけたり」

「は?! そんなことしたことないですけど!」

「秋月さんが、こんな嘘を言う意味ないだろ」


 山田さんの口ぶりだと以前から相談に乗っていたらしい。大人しいと思っていた秋月さんは水面下で、私を陥れようと動いていたのだ。

 
 だめだ。山田さんは秋月さんの言うことを信じ切っている。無理もない。以前から相談を受けて、目の前で同じことが起きているのだから。


 山田さん以外の社員も、きっと秋月さんの味方だ。いじめられた子猫のように、華奢な身体を震わせて泣いているのだから。誰が見ても悪者は私だ。



 凍り付いたような冷たい空気が流れる。向けられる冷たい視線から感じるのは、この場にいる全員。私が悪いと思っているということ。この場にいる全員が泣いている秋月さんの味方をしているということ。



 本当は違うのに。

 秋月さんの話と、真実は違う! 真実を述べたいのに、この場の雰囲気がそれを許してくれそうにない。


 たとえ真実を伝えたとして。誰が信じてくれるだろうか。

 泣き崩れて謝罪する秋月さんと、何も言えず黙り込む私。

 私が悪者にされる条件は見事に整っていた。

  
 確かに私は秋月さんに頼んだ。彼女も了承したのを確認したのだ。


 秋月さんは性格に難があっても、仕事はしっかりとこなしていた。だから、こんな仕打ちをされるとは思っていなかった。

 仕組まれていたものならば、私にはどうすることもできない。忙しいことを理由に途中で確認を怠った私にも非があることは確かだ。ここで謝ったほうがいいのかもしれない。



 不穏な空気が後押しをしてくる。謝りたくはない。だけど、謝らなければいけない空気が出来上がてしまっている。
 


 
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