致し方ないので、上司お持ち帰りしました



「認めるんだね。さっきから、泉さんに対して言っている言葉だけど。泉さんが傷ついてるのは分からない?」

「だって本当のことだもん。私が早く真白さんにアプローチをかけていたら、こんなことにはならなかったのに」


 自信満々にいってのけるので、本気で言っているようだ。きっと彼女はまだ自分が真白さんと付き合えると思っている。ここまで自己肯定感が高いと恐怖すらも感じる。

 
「はあ。話通じないな。今回、君の自己中心的な感情のせいで、お客様に迷惑がかかるところだったんだ。会社にとっても損害になりかねない。自分のしたことの重大さ理解できる?」

「わ、私は、ただ。泉さんがいなくなればいいのにって。ミスした責任を取らされて、この部署からいなくなれば……って。真白さん、本当に私じゃだめですか?」


 秋月さんは盲目状態なのか、他の社員もいるのを忘れて真白さんの腕にしがみついた。涙を潤ませた瞳で真白さんをじっと見つめる。真白さんは、彼女の瞳を見ることなく、触れられると瞬時に腕を払った。


「腕を掴む必要ある?」


 言い放った声は、その場が凍ってしまうほど冷たい声だった。さすがの秋月さんも動揺したようで、消え入りそうな声で「すみません」そう呟いた。
 

 
「まず、人の話を聞こうか。人の意見を取り入れないと。ここは学校じゃないんだ。君の希望通りにすべてが進むわけじゃない」

「だって、今までの男は誰だって私を好きになったんだから。真白さんは私の魅力を知らないだけで……」
  

 震えた声で秋月さんは言い返した。いくら冷たい態度をとられても負けない。彼女の精神力が異常に高いことだけはわかった。
 

「はあ。……仕事に色恋沙汰を持ち込むな!」

 真白さんはあきれたようにため息を吐いて、語気を強めて言い放った。あまりにも冷めた口ぶりだったので、あれほど騒いでいた秋月さんも黙り込む。

 

「もし仮に、泉さんがいなくなったとしても。俺が秋月さんを好きになることは絶対にないよ」

「……え」

「今までも、これからも。絶対に秋月さんを好きになることはない」


 はっきりと吐き捨てた言葉に、秋月さんは言葉を失っている。


 
「前回は俺の中でとどめておいたけど。今回は仕事まで影響が出てる。それに泉さんを傷つけたことも許すことはできない。この件はしっかり報告させてもらう。それなりの処罰があると思っていて」

「そんな……」

「今は上司だから感情を押し殺してこうして話しているけど。今、俺は怒っているから」



 叩きつけるように言い放つ。その言葉には怒りが感じられた。さすがの秋月さんも口を噤んだ。



 あちこちから、ヒソヒソと秋月さんを批判するような声が交わされる。その空気に耐えきれなくなったのか、涙目になりながら、走って飛び出して行った。



 誰も追いかけるものはいない。いつも秋月さんをちやほやと持ち上げていた男性社員も、今回ばかりは追いかける者はいなかった。
 

 
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