致し方ないので、上司お持ち帰りしました



 
 真白さんと向き合えないまま、また数日が過ぎた。定時に仕事を終えて会社を出た時だった。

 見覚えのある人影に足が止まる。


 
 ――楓くんだ。


 元カレの楓くんが会社の前で待ち伏せをしていたのだ。以前住んでいたアパートは引き払ってある。アパートでいくら待ち伏せをしても私が現れないので、会社まできたのかもしれない。


 どくん。心臓が嫌な音を立てて鳴り出した。
 悪寒が全身を伝う。恐怖が押し寄せ、手が震える。



 人目が多いオフィス街。さすがに会社まで来るとは思っていなかった。慌ててスマホを手に取り、通話ボタンを押していた。



「もしもし、」



 無我夢中で電話をかけた相手は真白さんだ。

 優しい声ではなく、どこか冷たい声にハッと我に返った。頭で考えるよりも先に勝手に真白さんに電話をかけていた。


 心底真白さんに甘えている証拠だ。「真白さん。元カレの楓くんが会社前で待ち伏せをしていて、助けてください」そう言おうと思ったのに、言葉がでてこない。真白さんに避けられていることを思い出したからだ。



 迷惑をかけて、これ以上嫌われたくない。



「もしもし? 泉さん?」

「ご、ごめんなさい。なんでもないです」



 一方的に告げて返事を聞かずに通話を切った。
 当たり前のように真白さんに頼ろうとしていた。甘えすぎていたんだ。



 通話を切って顔をあげると、私に気づいた楓くんと目が合った。



 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて、ゆっくりと向かってくる。
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