致し方ないので、上司お持ち帰りしました




「ほら。行くぞ」


 腕を掴まれた瞬間にぞわっと悪寒が走った。楓くんに触られることを身体が拒否しているのが分かった。



「やめてっ!」



 掴まれた腕を払いよけて、強い口調で言い放った。強気に払いよけたので、彼は驚いているようだった。今まで楓くんに対して、こんな態度をとったことはないからだ。



「は、なんなの? その態度」

「やめて。もう楓くんとは関わりたくない」

「俺だって関わりたくねーよ。だったら半年分の金よこせよ」

「何言って……?」

「今までデートしてやった分時給としてよこせよ。オプションでキスや性行為までしてやったんだ。50万よこせよ!」


 言っていることが無茶苦茶だった。筋がまるで通っていない。


「年増の女相手にしてやったんだから、それくらいが妥当だろ?」



 私たちの横を通り過ぎる人たちは、横目で見ながらひそひそと話始める。好奇な視線に囲まれるのも、これ以上罵倒されるのも。うんざりだった。消えてしまいたい。


「おらっ! 行くぞ!」


 再び腕を掴まれた。鳥肌が全身に回る。今すぐ手を放してほしい。掴まれた手を振り払いたい。だけど、そんな気力も失われていた。楓くんに意見をすれば、その倍の言葉で返ってくる。手を振りほどいても、何度も掴まれるだろう


 そう思い諦めていた。されるがまま腕を引かれて歩いていく。


 もうだめだ。
 力が強すぎる……。

 そう諦めた瞬間。
 掴まれた腕が私の力ではないモノによって振りほどかれた。



「あ?」

「……はあ、はあ、」

 喧嘩腰の楓くんの声とともに、荒い息ずかいが聞こえてきた。息を大きく吐いては吸って。肩を上下に揺らしていた。

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